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gently than anyone 9
時刻は23時過ぎ。
ハル先輩はテレビを見ながらウトウト船をこぎ始めた。
眠そうに細められた少し虚ろな目も可愛いなぁ。
「ハル先輩、眠いならベッド行く?」
「んー…」
「ベッド、行こうか?」
「あ……うん。ごめん」
「疲れてるんですね。色々あったし、仕方ないですよ」
「うん……」
返事はするけどハル先輩はボーッとしていて、今にも眠りそうな感じだ。
「抱っこして連れてってあげようか?」
「……いいよ。そんなん、いらない」
「そんなんとか酷いなぁ。俺傷ついちゃいますよ?」
「ごめん」
「え、いや、冗談ですよ。さ、ベッド行きますよ」
俺が立ち上がると、ハル先輩も目を擦りながら立ち上がって、俺の後を付いてきた。まるで刷り込みされた雛鳥の様だ。可愛い。
大人の男二人が横たわったらかなり狭いセミダブルのベッドに並んで入る。
俺はいつもの様にハル先輩の首の下に自分の腕を潜り込ませて腕枕をした。ハル先輩もいつもと同じように寄り添う様にこっちに身体を向けて横になった。
ひとつだけいつもと違うことがあるとすれば、それは今日は事後じゃないということ。いつもこの体勢になるのは、スッキリした後。ハル先輩に至ってははぐったりしている時だ。
こんなに近くで嗅ぐハル先輩の濃厚な匂いや俺よりも少し低い体温にドキドキする。
あああ、抱きたい。
もっと触りたい。もっと大胆に、ハル先輩の気持ちいい所にも触りたい――。
「紫音、ごめんな」
俺が己の欲望と戦っていると、俺の腕に顔を埋めたハル先輩が言った。てっきりもうウトウトしているかと思っていたが、ハル先輩の声は意外に確りしていた。
「何が?」
「……紫音以外とキスして、ごめん」
「それは、ハル先輩全然悪くないから!寧ろそれを責めた俺が悪いから謝らないでください。ハル先輩は被害者で、何にも悪くないから」
「………」
俺は取り返しのつかない間違いをやらかした。ハル先輩にどう言葉を尽くせば、ハル先輩が悪くないって事を伝えられるのかがわからない。もう自分を責めなくてもいいってどうすればわかって貰えるか…。
「なあ紫音」
「どうしました?」
「今日はありがとう」
「…え?」
「俺が一人で勘違いしてたりで色々あったのに、紫音すごく俺の事考えてくれてるの伝わったから」
「ハル先輩…」
感動だ。俺の数時間の葛藤と自制はちゃんとハル先輩を癒せていたんだ。俺の頑張りって結構空回りしてきたことが多いから、凄く嬉しい。こうなった以上、最後まで理性を働かせなければならないと一層気が引き締まる。
「こうやって紫音とのんびりするのも久しぶりだったし、なんか逆に新鮮だったな」
ハル先輩の声は俺の服に吸収されて少しくぐもっている。表情は全然見えない。でも機嫌は良さそうだ。俺の我慢が功を奏して、ハル先輩が満足してくれたのだ。これ以上望む物はない。これから朝までだって我慢できる。全然苦じゃない。全然……。
「でも……」
ん?……でも?
「キスしていいか?」
「………………え?」
ハル先輩何て言った?キスしていいって?
まさかまさか、そんな事、あのハル先輩が言う筈ない。俺の聞き間違いに違いない。でも、声はくぐもっていたけど、確かにそう聞こえた…。
「ハル先輩!?」
ハル先輩の肩を向こう側に倒して、その顔を暴いたら、ハル先輩の顔はゆでダコみたいに真っ赤になっていた。
これって、本当に……。
「ダメか?」
ハル先輩は真っ赤な顔で、わざと俺を見ないでそう言った。このダメか?は、キスしちゃダメか?って意味!?!?ならば…。
「ダメな筈ないです!」
「じゃあ、する」
まだ状況がよく飲み込めていない俺の上に、ハル先輩が乗っかった。馬乗りだ。騎乗位だ。
そして、まだほんのり顔を赤くさせた色っぽいハル先輩の唇が降りてきた。
何これご褒美?
ハル先輩からキスしたいとか言われた事ってこれまであったっけ?いや、そんな事言う暇もないくらい俺がいちゃいちゃちゅっちゅしてたから、言われた事ない筈だ。
初めてハル先輩が求めてくれたキスは、ただ唇を押し付けるだけの小学生並みのキスだけど、甘くてハチミツみたいで、俺の身体と心を内側から物凄くほっこり暖めてくれた。
幸せってこういう事か?
大好きな人に求められ、必要とされるって、素晴らしい。
ハル先輩も、俺とキスしたいとか、いちゃいちゃしたいとか思ってくれるんだ。
エッチしたいとも、思ってるのかな…。それを考えたら、押さえつけてた煩悩や欲望が一気に溢れだした。もう、一気に。
だって、この状況。
俺の可愛い人が俺に跨がって唇を押し付けてきてる。
普通に考えてヤバイ。っていうか、こんな大胆な事されて、勃たない方が男としてどうかしてる。
ハル先輩も俺の下の方の変化に気付いたのか、身動ぎした。そうして、ゆっくりハル先輩の唇が離れていく。
ああ、なんと惜しい。本当は離れていかない様にホールドして、もっと深く口づけしたい。でも、ハル先輩がどういう考えなのかまだ読めないから、それは出来ない。今日は、絶対に俺の欲求だけで事を進めたくないのだ。その誓いだけは、どんなに欲望が溢れても守りたい。
「紫音…」
「ごめんハル先輩、バレた?」
「謝らなくていい。嬉しいから」
「え…」
「俺、紫音のそういう所も好き…だから。紫音になら何されても嫌じゃないし…いつもの『野獣』も、嫌いじゃないから…」
もう迷いはなかった。
そこまで言ってもらって、お返しをしないとか、男が廃る。まあ、お返しがしたいと言うよりは、飛びかからない様につけてたリードを外して貰った俺が自分の欲望のまま走り出したと言った方が適切だが。
起き上がっていたハル先輩を両腕で抱いて、今度は大人のキスを送った。
ねっとりと激しいけれど、優しく。どこまでも優しいキスを。
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