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scandal 11
「凄い迫力だったね」
「……ほっとしました」
女の子達が去ったのもそうだが、勝瀬さんの追及から逃れられた事で正直かなりほっとしている。ヒロキは俺を女だと信じて疑ってないみたいだから多少気を抜けるし、ここは俺にとって安全地帯だ。
「嬉しいな」
ヒロキが笑顔でそう言った。
何が嬉しいのだろう?首を傾げているとヒロキが苦笑した。
「ハルコちゃんが俺といて安心してくれてる事が嬉しいの。でも、あの女の子達がいなくなれば、誰が相手でもそれだけでほっとするか」
「と言うか俺は勝瀬さんが……」
思わず本音が出てしまい、慌てて口を噤んだ。でも、勝瀬さんにじっと見られている時間は本当に生きた心地がしなかった。
「あれ、勝瀬苦手?って事は、俺は勝瀬には勝った訳だ。航には?」
「え?」
「航と俺、どっちが好き?」
ワタルもヒロキもとてもいい人間だとは思っているけど、どっちがより好きとかそんなのはない。知り合ったばかりで二人の事をよく知らないから、どっちと気が合うかなんて事も分からないし。それに、勝瀬さんの事だってちょっとこっちに疚しい事があるから落ち着かなかっただけで、人間的には嫌いじゃないし……。
「………分かりません」
「はは、つれないなぁ」
思いきって正直に言ったが、ヒロキは特にへそを曲げる事も追及する事もなく直ぐに話題を変えてくれた。
「ところでハルコちゃんは年幾つ?」
「…………」
が、変えてくれた話題についての回答も、それなりに悩んだ。
年齢なんて本当の事を言ってもいいのだろうか。男と女じゃ見た目の年齢って違って見えるものかな……?でも、そんな違いよりも何よりも俺は今凄く化粧が濃いから、かなり年上に見えていたりするのかもしれない。本当の年を言って疑われたりしたら面倒だしな…。
「女の子に年聞くなんて礼儀知らずだったかな。でも、若いから気にならないかと思ったんだ。19くらい…かな?」
「じゅ、じゅうきゅう……?」
「ごめんもっと若かったりした?でも、高校生だったら困るから、せめて大学生以上であって欲しいんだけど……」
「こ、高校生でも大学生でもありません!」
女の子は若く見られたいらしいから、これはヒロキなりのお世辞なのかもしれないが、男の俺としてはあまり若く見られるのはちょっと……。
「え、そうなの。えっと、ハタチ超えてる?」
「超えてますよ」
「そうなの?凄く若く見えるけど」
ヒロキが尚も疑わしい視線を向けてくるから、俺もついむきになってしまう。
「こんなに化粧の濃い学生います?」
「濃いって言ってもポイントメイクでしょ?」
「ポイント?」
「あ、いや、俺も詳しくはないけど、ハルコちゃんの肌は素肌っぽかったら」
化粧が濃くても素肌なら若く見えるのか?分からない。分からないが、女の子と付き合った事もない俺には化粧の事なんて全然分かる筈もない。だから、このまま化粧の話を続けても墓穴を掘るだけだ。何せヒロキは俺より女の子の事に詳しそうだから。
「ともかく、お、私はそんなに若くありません」
「そうなんだ、よかった。それならもう何の遠慮もいらないね」
ヒロキがそれっきり黙ってただニッコリ笑っているのを見送ってから、俺は全然別の事を考え始めた。3人の女の子達が部屋に入ってきた時から割とずっと考えていた事だが、集中して考察するタイミングは今の今までなかった。
ちゃんと考えて、ぼんやりと思っていた事が、ほぼ確信になる。
紫音はあの個室に―――。
「ハルコちゃん」
「わっ……!!」
考え事をする時に自分の世界に入って外界をシャットアウトしてしまうのが俺の悪い癖だ。樫野先生曰くそれも一種の催眠状態であるらしく、俺は催眠にかかりやすいタイプなんだとか……って、そんな事は今どーでもいい!!
「ヒ、ヒロキさん!」
「ハルコちゃんの事本気で落としにかかってもいいかな?」
ヒロキが爽やかさの代表である白い歯を輝かせながら言ったが、この状況は全然爽やかじゃない。
人畜無害に思えたヒロキが俺の足の上に跨がっていて、吐息がかかりそうな程の近距離にいるのだ。俺の後ろは壁。右足は負傷中。最悪だ。女だと思い込まれててもそれはそれで問題だった。ヒロキはまだ俺(ハルコちゃん)に興味があった様だから。
「さっき足を触って思ったけど、細いのにちゃんと鍛えてるよね。大人しくて女の子らしくて、見た目だけでもこんなに可愛いのに、ハルコちゃんはそれだけじゃない。ギャップとか意外性が沢山あって、これまで出会ったどの子とも違う。特別な存在だって凄く感じるんだ」
「俺はそんな大層なものじゃないです!」
男なんだから女の子よりは筋肉質で当たり前だし、そもそも男が女のフリしてる訳だからギャップがあって当然だ。
「はは、また『俺』か。こんなに素敵なのに、ハルコちゃんは自分がどれだけ魅力的かよく分かってないみたいだね」
「だから、違うんです!というか、早く離れた方がいいですよ!」
「どうして?」
「どうしてって…」
だって俺は男なんだから!なぜか信じて貰えないけど、ヒロキだって自分が男に迫っていたと分かれば当然嫌だろう。
「ハルコちゃんは彼氏とかいるの?」
「!います!」
食い気味で返事をした。そうだ、その手があったのだ。ヒロキには男だから離れてくださいと言うよりも効く気がする。
「そっか。これだけ可愛ければそりゃあ彼氏いるか。でもさ、合コンに来るって事は、出会いを求めてるって事だよね?」
「ち……違いますっ!」
それなのに、ヒロキの解釈は独特だった。出会いなんて求めてない。俺はただ紫音に会いたかっただけなのだから。
「あ、そっか。狙いは紫音だったんだもんね。でも紫音はあの調子だし、ここだけの話アイツ女の子ダメだから」
「え!?」
「まあ、詳しくは言えないけど……」
―――紫音は同姓愛者だからと言いたいのか?チームメイトだし、週刊誌の事も、紫音がその疑惑を認めた事も知っていて当然なのかもしれない。でも、紫音は同性愛者ではない。俺なんかと付き合っているのは確かに事実だけど、でも、なんとなく紫音がそうだってチームメイトから決めつけられてるのが凄く嫌だった。
「ハルコちゃんは年上の相手と付き合ったことある?」
「ありません」
「そうなんだ。でも、ハルコちゃんには年上の男が合うと思うよ」
そんな事ない。紫音は年下だけど、合ってる……筈だ。
「あ、でも紫音もハルコちゃんより年上かなぁ?……つまり、俺くらい年の差があって、包容力のある男がいいと思うんだけど、どうかな?」
どう……って、だから付き合ってる相手がいるって言ってるのに。それに、紫音は年下だけど包容力だってバッチリ……って、そうか!
「私、紫音と付き合ってるんです!」
最後の手段だとばかりにそう言ったら、ヒロキは目をまん丸にした。
でも、流石にこれで諦めがつくだろう。
ヒロキは俺の事女だと信じて疑ってない訳だから紫音の同性愛者疑惑も打ち消せるし、一石二鳥だ。
「ハルコちゃん、何言ってるの?」
「ですから、お、私の彼氏は紫音なんです」
「ハルコちゃんは本当に面白い子だな……」
これで諦める筈だったのに、ヒロキは俺の上から退くどころか更に顔を近づけて迫ってきた。
「ヒロキさん!?」
「いつもそういう見え透いた嘘ではぐらかすの?これまでそれで上手くいった事あった?」
「う、嘘なんかじゃないです!」
何で?何で今日俺の言うことは悉く信じて貰えないんだ…。
「それとも、それはハルコちゃんの作戦なのかな?」
「作戦?」
「ハルコちゃんは小悪魔だね」
「はあ?」
「無自覚なの?」
「何が、」
「可愛いなぁ」
ヒロキが痛いくらいに見つめてくるが、とても目線を合わせられない。
「あの、退いてください…」
「なんかペース狂うな。俺、いつもは紳士的な人間で通してるから、こんな大胆な事はしないんだよ」
「大胆な…って、」
嫌な予感がした。
「こういう事」
「やめ…!――――ッ離せ!!」
顔の近さや角度やその他諸々の雰囲気でキスされそうになっている事が分かってヒロキを突き飛ばそうとしたのに、その両手を逆にヒロキに掴まれてしまった。
「案外力強いね。ハルコちゃんといると、想定外が多すぎて飽きないな……」
笑顔のヒロキが、また顔を近づけてくる。凄い力だ。どうしてこうも、平均よりもでかくて力のある男とばかりこういう風になるのだろう。これじゃあ逃れられないじゃないか……!!!
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