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scandal 13

紫音が立ち上がった気配がした。 部屋から出て行くつもりかな。相当怒ってたもんな。俺のこんなバカげた姿なんて見ていたくないのかもしれない。俺はどうすれば赦して貰えるんだろう。 ちょっと泣きそうになりながら紫音が行ってしまう事を覚悟していると、背中にずっしりと重みを感じた。遅れて温もりも。 「ハル先輩のバカ」 紫音が囁いた。 俺は少しの間何がどうなっているのか分からなかったけど、背中の重みと温もりと耳元に感じた囁きは、どうも現実の様だ。今、俺は紫音に抱き締められている。 「どれだけ俺を心配させるんですか」 紫音の腕が後ろから痛いくらいに身体に巻き付く。 「紫音……」 「会いたかった」 紫音の声色が切ないそれに変わった。 俺も会いたかった。紫音に会いたかった。 俺が浅はかで考えなしだったせいで紫音に嫌な思いをさせてしまったけれど、でも、それでも……来てよかった。 胸の前で交差した紫音の腕に手を添えるとまた締め付けがきつくなって、ちょっと苦しいけど心地良い。 「ハル先輩、俺に会いに来てくれたの?」 紫音は先ほど激していたのが嘘みたいに優しい口調だ。 「うん……」 「普通の格好じゃ会えないから、そんな格好までして?」 「……うん」 「そっか……」 「ごめん……」 紫音の俺に対する異常なまでの心配性は知っていたのに……。 「サプライズ?」 「え?」 「いきなり女装して合コンに参加するなんて予想もつかなかったから。俺全然ハル先輩に気づけなかった……」 「仕方ないよ」 本当は空気扱いされた事にショックを受けていたけど。 「秋良の彼女だとばっかり思ってた」 「……そっか」 紫音は柚季の事、あんな怖い目で睨み付けるくらい凄く嫌っているから、その彼女だと思ってた「ハルコちゃん」の事も、同じ様に見たくなかったのかもしれない。 「ねえハル先輩」 「なに?」 紫音は何か言いにくそうに口ごもった。こういう時に何を考えているのかはこれまでの経験上大方予想がついた。 「柚季との事疑ってるのか?」 聞くと紫音が「バレましたか」と苦笑した。 「でもそうじゃないんです。さっきはあんな事言ったけど、ハル先輩があいつとデートしてたなんて本気では思ってなくて。でも、俺あいつと…って言うか、ハル先輩が他の男と仲良く話してるだけで凄いモヤモヤするんです。特に相手がハル先輩の事狙ってたりしたらもうだめ。ハル先輩にその気がなくても、凄い嫌なんです」 「紫音……」 「ハル先輩の事信じてない訳じゃないんだけど、でも…」 「その気持ち分かるよ」 「え?」 「俺だって今日凄くモヤモヤしてた。紫音が個室にいるって分かってからは、誰といたんだろうとか何してたんだろうとかそればっかり考えてたし、可愛い子ばかりだったから凄く自信喪失してた」 「そんな、自信喪失なんてしないでください!俺はあの部屋には一人でいたし、ハル先輩以外なんていくら可愛くても全然可愛くないし!」 紫音の必死な慌てっぷりが可笑しい。最後の方、訳が分からない事言ってるし。でも、やっぱり一人だったんだって分かって凄くほっとした。 「そ、それにこの合コンだって俺来たくて来た訳じゃなくて殆ど騙されて連れて来られたし、オーナーに絶対抜けるなって言われてたから途中で帰る事もできなくて……」 「そうだったんだ。さっき柚季に聞いたんだけど……」 俺は紫音に中谷先生の練っていた計画について話した。オーナーにとっても俺との記事は火消ししたかっただったろうから、中谷先生と利害が一致して計画に荷担していたのかもしれない。 「そうですか。あいつ性懲りもなく……」 「でも、俺も中谷先生の気持ちは少し分かるよ」 「え?」 「だって紫音、あの記事が出てから全然バスケに身が入ってないだろ。そんな姿見てたら、いちファンとしてどうにかしたくなる気持ちも分かるよ」 「俺の調子が出ないのは記事が出たせいじゃなくてハル先輩に会えないせいですけどね」 「そうだとしても、新しい記事が出れば早くほとぼりが冷めたかもしれない」 「……じゃあハル先輩は、俺が誰かと記事になる様な事すればいいって思ってるの?」 「そんな訳ないだろ。俺はそれを阻止する為に合コンなんかに参加したんだから」 「………」 「………」 「ハル先輩っ!」 「痛っ」 元々きつかった紫音の腕の締め付けがまたきつくなって、頬にキスの雨が降った。大雨だ。 「ごめん。でも、ハル先輩可愛いすぎ。それに、俺の全ての疑問も今ので全部解決しました!」 「疑問?」 「なんでわざわざ今日だったのかなぁとか」 ……その疑問はごもっともだ。変装して会うにしろ、今日のこのタイミングでなくてもよかったのではと思われて当然だ。 「あ、でも、事前に俺に連絡欲しかったなーってのはあります」 「そ……そうだよな。確かにそうすればよかった。なんか焦ってて気付けなかった」 紫音の言う通りだ。なぜ俺はそんな事にも気付かなかったのだろう。紫音がハルコちゃん=俺という事を知ってさえいれば、こんな大変な思いをしなくて済んだ筈だ。俺はともかく、頭の回転の早い柚季がそれに気付かなかったとは思えない。 「あいつ、俺を試そうとしたな」 「え?」 「秋良の奴ですよ。あの性悪、俺がハル先輩に気付けるか試してたんですよ。わざわざあんなめんどくさいことまでして」 「めんどくさい事?」 「アオイって言ったっけ?一番しつこかった女。多分あの子が中谷の今回の駒ですよ。あんまりしつこいからさすがにちょっと辟易してたんです。そしたらあいつがあの女ナンパし始めて」 「え…じゃあ、柚季は俺達のためにあの子と……?」 「ハル先輩の手助けのつもりだったんですかね。俺にハル先輩がいること教えてりゃあ、あいつの助けなんか借りなくてもあんな女直ぐに振り切ったのに。大手事務所がなんだってんだ」 確かに柚季達の所属してる事務所は凄く大きくて立派で、いかにも大手という感じだった。紫音はスポーツ選手とは言え芸能人と同じで人気商売だし、大手に睨まれる訳にはいかないのかもしれない。それで女の子を無下にできなかったのかな。でもそれはつまり紫音を多少言いなりにできるって事で、もしも柚季がいなかったら本当に中谷先生の思惑通りに事が進んでいたのかもしれないと思うとゾッとする。 でも……。中谷先生の計画を阻止する役目は俺も負っていたのに、結局全部柚季にやらせてしまった。 「俺、なんか柚季に申し訳ない……」 「あの女の事ですか?でも、申し訳ないなんて思う必要ないですよ。あいつがハル先輩にやったこと考えれば、まだまだ全然マイナスですって」 「それとこれとは別だよ」 俺がもっとちゃんとしていれば、柚季が好きでもない相手を誘惑しなくても済んだのに。自分の心を偽るのって、結構きついよな……。 「ねえハル先輩、お願い」 呼び掛けにはたと気づけば、紫音の声のトーンが少し低い様な…。 「もうあいつの事考えないで」 「ご、ごめん…」 何でばれたんだろう。でも、そうだよな。せっかく紫音といるのに他の事考えてたら失礼だし、嫌な気持ちにさせるよな。 「でも、こんな所で念願がかなうとは思わなかったな…」 「?」 紫音は早くも気を取り直してくれた様だが、念願って何の事だろう? 「ハル先輩の今の格好。もう最高です」 「え!?こ、こんなのが?」 「うん。本当は正面からもっとよく見たいけど、色々我慢できなくなりそうだから…」 ……それは正解だと思う。 「うん。あんまりじっくり見ない方がいい」 「そう言われるとやっぱり早くちゃんと見たいな」 「気持ち悪いって…」 「ごめん。でも、好きな子が可愛い格好してたら穴が空くほど見つめたくなるものでしょ?」 「いや、そうじゃなくて…」 「やっぱり見る!」 「!」 「気持ち悪い」に対する紫音の勘違いを正そうとしていると、紫音がさっと俺の正面に移動した。 き、緊張する……。 紫音はちょうどさっきヒロキがそうしてたみたいに俺の足の上に跨がるようにして何も言わずにじっと俺の顔を見つめた。俺はこんな顔見られたくないし恥ずかしいしでとても目を合わせらない。俺だって久々の紫音の顔はよく見ておきたいのだけれど。

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