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scandal 14

「かわいー………」 暫く黙っていた紫音がポツリとそう言った。この状況からして、可愛いのは紫音がじっと見ているこの顔なのだろう。 「そうか…?」 本当はどこが?と言いたいが、柚季と一緒で趣味が悪いのかもしれない。男の俺を好きになるくらいだから、紫音には悪いがそうなのだろう。 「もうすっごい可愛いです。女の子にしか見えない」 「え……」 紫音が「女の子」に見えるらしい俺に熱い視線を送っていて、何かもやもやする。紫音が喜んでるのに、凄くもやもやする。 「唇ツヤツヤで凄い色っぽい…。ハル先輩ロングヘアーも似合うね。地毛じゃないのが残念だけど」 「………」 「ハル先輩は化粧しなくても可愛いけど、でも髪型と服だけでこんなに女の子になっちゃうんだ。いや凄いよ本当。想像以上……」 「女の子」って言われる度に胸の奥がすごく嫌な感じになる。何でなんだろう。 「宏樹さんに何かされた?」 「えっ」 不意打ちすぎて焦る。急に何だよ。 「やっぱりなんかされたんだ」 紫音のセリフも視線も確信めいているけど、何とか誤魔化せないものか…。 「い、いや別に」 しれっと答えたつもりだけど、少し声が上ずった気がする。紫音が目を細めた。 「宏樹さん結構イケメンだったでしょ?」 「そ、そうだったかな…」 追及されるものと思っていたのに、想定外の質問だった。正直ヒロキに限らず男の顔なんて、聞かれて思い起こしてみれば確かに整っていたかもしれないなくらいの認識しかない。 「あの人、俺の次に女性ファンが多いんですって」 「そうなんだ」 ていうか、やっぱり紫音は一番人気なんだ……。 「イケメンに口説かれて、きゅんとしたりしなかった?」 「す、する訳ないだろ!俺男だぞ!」 「よかった」 「当たり前だろ!」 「でもさ、ハル先輩今日女の子にしか見えないからさ」 「だからってなあ!」 「で、何されたんですか?」 また女の子って言われていい加減すごく嫌で紫音にもうやめろって言うつもりだったのに、一転。形勢逆転だ。紫音は瞬きすらせずに俺の目をじっと見ている。とても誤魔化しは通用しそうにない。 「キス…されそうになったけど、でも何もされてない」 「うわ。結構手早いんだ、あの人。でも、何もされてないってことは抵抗したの?」 頷くと、紫音がほっとした様に笑って俺を抱き締めた。 「よかったー!」 「うん……」 俺、少しずつよくなってきてる。あいつの呪縛から少しずつでも解放されてきてるってことだ。 紫音の腕が緩んで、自然な流れでキスをした。 場所が場所だし軽いキスのつもりだったのに、紫音はなかなか顔を上げない。それどころか凄く深くなってきて…。 「ん……っ!だ、めっ!」 舌を吸われたり、歯の裏をなぞられたり。かなり本気のキスをされて、気がついたら真上に紫音がいた。紫音の背景が天井だったから焦って腕を突っ張る。 「ごめん、つい…」 紫音はそう言ったものの俺の上から退こうとしない。 「紫音、」 「ちょっと待って」 「何を?」 「治まるまで」 何が?と思わず聞きそうになったけど、踏みとどまってよかった。 「久しぶりだったから、ちょっと時間かかるかも……」 紫音が少し恥ずかしそうに言った。上から見下ろされている視線がすごくぎらぎらしていてこっちまで恥ずかしい。 「ハル先輩、そんな顔して誘わないで」 「さ、誘ってないよ!」 顔色の変化を言いあてられて更に頬がかーっと熱くなってしまう。 「はー……だめだ。ハル先輩見てたら全然治まんない」 紫音が苦しそうに言う。確かに苦しいだろう。その……治まらなかったら…。 「これ外そうか?」 紫音は俺が女に見えていつも以上に興奮しているのだから、頭に被っている茶髪のロングヘアーを指さした。固定もそんなに頑丈じゃないから、多分外そうと思えばすぐに外れる。 「いいよ!大丈夫」 「でも、俺が男に見えれば少しはましだろ」 「な、何言ってるんですか。それどころか逆効果かも」 「え?」 何で逆効果なんだろう。今日の反応を見る限りやっぱり紫音も普通に女の子が好きなんだなぁと実感したというのに。 …あ、そうか。さっきから胸がもやもやズキズキするのはそのせいだ。俺は男だから女にはなれないし、なりたいとも思えないし。 何で紫音は俺が好きなんだろう。こういう事を実感する度にいつもいつもそう思ってしまうけど、人が人を好きになるのって、見た目だけじゃないから…って思っていいのかな……。やっぱり俺自信なんて持てない……。 「俺、すっぴんのハル先輩が一番タイプだから」 ちょっと思考が暗くなりかけた矢先、紫音がそう言った。 「すっぴん…?」 「元のハル先輩ってこと。化粧もかつらもなしの」 「え…。でもそれっていつもの男の俺じゃないか」 「そうですよ。すっぴんのハル先輩の方が今より何倍も可愛いもん」 「ええ、俺が?」 「うん。今更何言ってるんですか?いつも可愛いって言ってるでしょ?」 紫音は当然の様に頷いた。 「でもさ、紫音は本当は女の子が好きだろ?男じゃなくて」 「俺はハル先輩が好きなんです」 「でも、俺男だ」 「じゃあ、男が好きです」 「嘘ばっかり。俺の事女の子みたいって言ってすごく喜んでたくせに」 「あれ、ハル先輩実は怒ってた?」 「別に…」 怒ってる訳じゃない。なんかもやもやして胸が痛かっただけで。 「喜んでたのは、単にハル先輩が可愛いからで、別にハル先輩を女にしたいとか、女がいいとか、そういう訳じゃないですよ。ハル先輩が可愛い格好するのは大歓迎だけど、それでもあくまでも俺はありのままのハル先輩が好きなんだから」 「じゃあ、俺が筋肉むきむきの丸坊主になったらどうするんだ」 「そ、それはちょっと焦りますけど、それでも俺はハル先輩が好きですよ」 「本当か?」 「本当ですよ。実際現役の頃はハル先輩も結構筋肉あったし、髪だって今よりも短かい事もあったじゃないですか」 「………」 「それに、俺正直『ハルコちゃん』は凄いタイプだけど、でも俺『ハルコちゃん』に全然興味なかったよ」 「どういう意味だよ」 「つまりさ、ハルコちゃんの中身がハル先輩だって分かったから俺はこんなに興奮してるし喜んでるんだよ。ただの女の子のハルコちゃんには全くそそられない訳。俺はハル先輩しか見てないから」 紫音が綺麗に微笑んだ。久しぶりに間近に見た紫音はやっぱり凄く格好いい。こんなに格好いい紫音に俺しか見てないなんて殺し文句言われたらドキドキしない筈ないし、嬉しくない筈もない。紫音はどうしていつも俺が一番欲しい言葉をくれるのかな。 「ハル先輩、顔真っ赤。ほんっとに可愛いんだから」 紫音の唇がまた降りてきた。また深い口づけをされて頭の片隅でやばいって思ったけど、さっきみたいに腕を突っ張ることはできなかった。俺は紫音にすっかり腑抜けにされてしまった様だ。

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