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scandal 15
「すっげーエッチしたい…」
顔を上げた紫音が唇をペロリと舐めた。
………俺だって、久しぶりに紫音とキスして、そういう雰囲気になって、凄く、その、身体が勝手に期待してるし、多分俺自身も……。
「場所変えようか」
「どこに……?」
頭がぽーっとする。変えるって言ってもここにはカーテンに仕切られた部屋くらいしかないのに。
「この辺のホテルとか」
「ホテル……?」
「うん。ビジネスホテルでもラブホでも、二人きりになれればどこでも、」
ラ…ラブホ…!?
そう聞いた途端曇っていた頭が一気に晴れて、俺は紫音を撥ね退け勢いよく身体を起こした。
「だ、だめだよ!店の外に出ちゃ!」
「へ?何でですか?」
「だって出たら絶対写真撮られる!」
いつだって撮られる可能性はあるけど、今日はあの中谷先生が噛んでいるのだから、その辺は抜かりないだろう、間違いなく。
「上等じゃないですか。その格好なら誰もハル先輩だって分からないし」
「でも、それじゃあ中谷先生のやり方と同じだ」
「いいじゃないですか。まあ有り得ないと思うけど本当に火消しになればラッキーだし」
「よくない!」
「何で?」
「だって、女性スキャンダルなんて出たら紫音のイメージダウンになるじゃないか!」
俺との記事は別として1月に他のモデルとの記事が出たばかりだし、紫音が節操無しの遊び人みたいに世間に認知されるのは嫌だ。
「そんなのどうだっていい」
「だめだよ。アウルムのCMだって降ろされるかもしれないし…」
「別に俺は降ろされてもいいですよ」
「何言ってるんだ!紫音が良くても紫音のチームはどうなる!紫音はチームを背負って立っているんだから、その辺もちゃんと考えて行動しないと!」
そうだ。そうだよ。俺は紫音がちゃんとバスケできる様になる為にここに来たんだった。危ない所だった。自分の使命を忘れて紫音に流されるところだった。
「それは…そうだけど、でもそれならチームは俺がベストな状態でプレイできる様に手助けするべきなのに、俺のプライベートの一番大事な部分に干渉して来るんだから、いい加減どうでもよくもなりますよ!」
た…確かに…。紫音のベストパフォーマンスを引き出すのがチームにとって一番いい筈なのに…。いや、違う違う。そうじゃなくて、というかそれは置いておいて、紫音にとって俺と会うこと>バスケになっている事が問題なのだ。
「紫音はバスケが大事じゃないのか?」
「大事ですよ。小学校入る前からずっと続けてきたし、今の地位を手に入れるのに血の滲むような努力だってしたしね」
そうだ。俺もずっと傍でそれを見てきたからよく知ってる。
「それなら、どうしてそんな簡単に投げ出そうとするんだよ」
「簡単に投げ出したつもりはないですよ。俺にとってハル先輩の存在がバスケよりも上だってだけで」
「だから、それが問題なんだよ!」
「何で?じゃあハル先輩はバスケ辞めるか俺と別れるか選べって言われたら、俺と別れる方を選ぶの?」
「そ、そんな事言われてないだろ!ただ、暫く会うなって言われただけで…」
「暫くがいつまで続くのかな。今まで黙ってたけど、俺は多分俺の人気が決定的に陰るか選手生命が尽きるまではずっとだと思ってますよ」
「え…」
「だってそうでしょ。一度疑ったら記事になるまで追いかけまわすのが週刊誌のやり方だし、うちの会社はその記事を世間に出されたら困るって立場らしいし」
そうなのか…?俺たちの関係って、そこまで深刻な状況だったのか…?でも、紫音の言っている事は説得力があるし、ほとぼりが冷めれば会えると思っていた俺の考えが甘すぎたのかな…。
「俺達ずっと会えなくても、それでもハル先輩は俺に辞めるなって言うの?」
「………」
ずっと、永遠じゃないにしろこの先何年も紫音と会えないなんて、そんなのは悲しすぎる……。でも、だからって紫音がバスケ辞めるのもいやだし……。
「なあ紫音、結論を急がないでもう少し様子を見てみないか?」
「俺もう結構我慢の限界なんです…」
紫音が項垂れて、いつもよりも小さく見える。
「簡単に投げ出すな」なんて、俺は随分無神経な事を言ってしまったのかもしれない。紫音は紫音なりに凄く悩んで苦しんでいたのだ。ほとぼりが冷めれば……なんて能天気な事を考えていた俺よりもずっと―――。
「紫音はさ、取り敢えず俺とたまに会えれば頑張れる?」
「え?」
「バスケだよ」
「そりゃあハル先輩とこれまで通りになれるなら、わざわざバスケ辞める必要もないし」
「これまで通りは無理かもしれないけど、今日だって会えたんだから、たまになら……」
「え?どうやって?」
もう、察しろよ!
「だから、俺がこんな風に変装すれば会えるだろ!」
俺はヤケクソとばかりに言い放った。
それにしても、こんな事を自分で提案する羽目になるなんて……。
紫音がバスケ辞めないためには仕方なかったのだ。そして、俺達の危機的状況を回避するには、これしか方法はないのだ。自分にそう言い聞かせる。
「え?ハル先輩また女装してくれるの?」
心なしか紫音の声が弾んでいる。
「し、仕方なくだぞ!それに、女装と決まった訳じゃ…」
「週1くらい?」
「そんな頻繁にできる訳ないだろ!」
「えー。じゃあ2週に1回?」
「無理!月1…いや、2か月に1回くらい!」
「え~、それじゃあ少なすぎます!」
「わがままを言うな!」
「じゃあ、月1にして?」
「……考えとく」
「やった~!!」
紫音が飛び上がりそうな勢いで喜んでいる。考えとくって言ったのに…。
「そ、その代わりちゃんと本腰入れてバスケしろよ!」
「とーぜんです!」
紫音が胸を張った。
根本的な解決はしていないが、取り敢えず紫音は丸めた背中を伸ばしてくれたし、バスケへのモチベーションも回復した様に見える。
俺が今日ここに来た目的が達成された事にはほっとしているけど、こうなる予定じゃなかったんだけどな………。
「次はどんな格好して貰おうかな~」
紫音は、さっきまでシリアスだったのがウソみたいに陽気というかご機嫌だ。まさかとは思うが演技じゃないだろうなと疑いたくなる。
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