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remind 14
「はぁ……」
新井田さんが大きなため息をついた。
「もういいや、紫音。ヤル気なくなった。自家用ジェットに、ヘリにワイロ。一体いくらかかったと思ってんだ。完全にタダ働きだよ……」
新井田さんがぶつくさ文句を言っている。飛行機にヘリって、もしかして俺を助ける為に……?説明して欲しくて紫音を見るが、紫音は素知らぬフリで口をつぐんでいる。
「いやな、聞いてくれよ春。春の一大事だってんで紫音に頼まれたんだよ。台湾から自家用ジェット出して、警察に圧力かけて、別荘探しにヘリ出して。ほんと大変だったんだぜ。見返りに抱かせてくれるって約束だったから、オジサン張り切って頑張ったのに」
新井田さんには感謝してもしきれない。話を聞きながら頭を下げられるだけ下げていたが、最後の一言に言葉を失ってしまった。見返りに……って部分だ。
「ハ、ハル先輩、誤解です!あの時はそうでも言わなきゃ動いて貰えなかったから……!けど、この人と寝るつもりなんて全くもってありませんでしたから!」
「おい」
「すみません。金なら出来る限り払います。一応、感謝はしてるんで」
「殊勝だねえ。だったら、代わりに春を抱かせて貰おうかな」
ピキリ。一瞬で空気が凍る。
「冗談だ」
訂正は早かった。流石の新井田さんも紫音の雰囲気が怖かったのかもしれない。
「こんなラブラブなとこ見せられたら、お前にも春にも手出せねえって。金はいらないけど、そうだなあ。礼がしたいならお前らのいちゃいちゃベッド動画でもプレゼントしてくれよ」
……と思ったが、新井田さんはまだ懲りていなかった様だ。紫音がギロリと睨むも怯まない。
「いいじゃないか、それこそ減るもんじゃないんだから」
「あり得ないです」
「そこをなんとか」
「絶対無理」
二人は言い合いを続けている。紫音は心底不快そうだけど、俺は新井田さんは悪い人じゃないと思う。紫音のこと格好悪いと言っていた時は少し腹が立ったけれど、今なら分かる。あれは方便だ。新井田さんは、本当はまだ紫音を好きなんだろう。それでも紫音を想って身を引くことにしてくれたのだ……。
紫音をからかう新井田さんの目はすごく優しい。やっぱり紫音は誰からも愛され、大事にされる星の下に生まれたのだな、と実感する。占いとか宗教とか、そういう非科学的なものに傾倒している訳ではないけれど、俺が二十数年生きた経験から実感していることとして、人にはそれぞれにそういう、どう足掻いても逆らえない運命みたいなものが元々定められている気がしているのだ。だから、俺は紫音のことがほんの少し羨ましくて、たっぷり誇らしい。
*
一段落ついた後、俺たちは互いに情報交換をした。俺はこの別荘のことや、刑事さんのことを。紫音と新井田さんはここに至る経緯を俺に詳しく教えてくれた。
電話が通じないのを不審に思った紫音が、俺に何かが起こった事に勘づいて新井田さんを頼ったこと。相手は刑事さんだと踏んで、その居場所を探るため警察に圧力(詳しくは聞いていない。知らない方がいいらしい)をかけて、刑事さんが相棒を差し置いてよく一人でこの山に行っていたという情報を得て、ヘリで捜索してようやくここを見つけてくれたこと。
「本当にありがとうございました」
改めて二人に頭を下げる。紫音は首を振ってばつが悪そうに言った。
「遅くなってごめんなさい……」
「そんなことない」
さっきまでの威勢はどこへやら。この話題になると紫音はまた湿っぽくなる。
「まあともかく、アタリをつけたここがビンゴでよかったよ」
あっけらかんと言ったのは新井田さんだ。紫音と俺の二人だと相乗効果でどんどん湿っぽさが増していってしまうから、新井田さんの明るさには救われる。
「それにしても春の話によると、あるんだろ?この家に、死体が二体」
改めて言われるとゾッとする。
「俺、疑われるかもしれない……」
「疑うって、ハル先輩がやったって?」
頷く。普通に考えて、生き残った俺が容疑者として見られるのは定石な気がする。動機だって充分だ。
「よくそういう悪夢見てましたよね」
「うん……そうかも」
正直、朦朧とし過ぎていて悪夢の内容までは思い出せない。けれど、これが俺の一番のトラウマだったのだから、見ていてもおかしくはない。
「ハル先輩、『俺がやった』ってよく震えてたけど、俺は一度もハル先輩がやったなんて思ったことないですよ。ハル先輩は、どれだけ自分が傷付けられたとしても、それでも他人を傷付けるひとじゃないって知ってるから」
じーんと胸が熱くなった。
これからやってくる警察にはもちろん、紫音や新井田さんにだって疑われても仕方ないと思っていたし、そう言われたら否定はできないなとも思っていた。俺が直接手を下した訳ではないけれど、志垣先生の言ったように、すべては「俺のせい」なんだから……。
けれど、紫音だけは。俺自身が俺を責め続けても、紫音だけは俺は悪くないと言ってくれる。そんな甘ったれた予感が、実はあった。予感を確信にしてくれた紫音の真っ直ぐで優しい目を見ていると、あんなに重苦しかった心がすっと軽くなる。紫音は俺の唯一無二の精神安定剤だ。
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