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remind 13
突然、はっとした様に紫音が俺の身体を離した。
「もしかして!俺、なんかちょっと変な態度とってたりしました!?」
また肩を掴まれて、まじまじと顔を見られた。今度は真剣な顔というより、かなり焦った顔をしている。
「ちょっとじゃない。かなり」
濡れた頬を拭いながら正直に答えると、紫音の顔色が青ざめた。
「ご、ごごごごめんなさいっ!違うんです、ハル先輩!違う!俺、そうじゃなくて、俺は、俺、なんて言うか……、あークソっ!俺はなんてバカなこと……っ!」
紫音は顔色を赤くさせたり青くさせたりしている。必死さだけは伝わってくるけれど、何を言いたいのか要領を得ない。
「紫音、落ち着いて」
紫音は頷くと深呼吸を繰り返した。
紫音のあの態度の理由には、俺に愛想を尽かしたって以外に皆目見当もつかないけれど、それでも俺はもう半分以上は胸を撫で下ろしていた。紫音がいつもの紫音だから。いつもの、何の裏もなく、ただ真っ直ぐに俺を見てくれる紫音だから。
「ハル先輩、まず謝らせてください。本っ当にごめんなさい!こんな酷い目に遭って、それだけで辛いハル先輩を不安にさせるなんて……。もうほんと俺、恋人失格だ……」
「そんなことない」
そんな事言わないで欲しい。けど、紫音は申し訳なさそうに首を振った。
「俺、不甲斐なくて……。俺はハル先輩にありがとうなんて言って貰える資格ないんです。だってハル先輩のこと絶対守るって、もう二度と辛い目には遭わせないって決めたのに、またこんなことに……。結局いつも口だけだなって情けなくて……ともかくずっと自分で自分に腹が立ってたんです。それで、ハル先輩に合わせる顔がなくて……。断じて、ハル先輩を不安にさせる意図はなかったんです……!信じて欲しいけど、普通に考えて酷い態度取ってましたよね……。本当俺って何やってんだろ……」
紫音は自分を責めて、責めて、その度にどんどん俯いていった。さっきからずっとこんな気持ちでいたのかと思うと胸が痛む。
「紫音、顔を上げて」
恐る恐るといった調子でゆっくりとこちらを向いてくれた紫音と視線を合わせる。
「俺が今思ってるのは、紫音に愛想尽かされたんじゃなくてよかったって、ただそれだけだよ。俺、心からほっとしてるんだ。さっきまで生きた心地しなかったんだから」
「ハル先輩……」
「紫音は俺を守ってくれたじゃないか。今日だけじゃない、いつも、俺は紫音に助けられてる。不甲斐ないとか情けないとか、そんなこと思ったことないよ。紫音がいるから俺は生きてこられたし、これからも紫音が俺の道標なんだ。何もしてくれなくてもいい。ただ俺の傍にいてくれるだけで、俺は紫音に守られてるって感じてるよ。だから、そんな風に自分を責めないで欲しい。紫音がいつも通りに真っ直ぐ俺を見てくれたら、俺はそれだけで幸せだから」
「……ハル先輩は、どれだけ心が広いんですか」
「紫音の方こそ」
視線が交わって、自然と微笑み合った。いつも通りの空気感が何より嬉しい。
目と目で互いの想いを確かめていたら、突然ゴホンと咳払いが聞こえてきた。
「……あのさ、二人とも俺がいること忘れてない?」
新井田さんだ。実はちょっと、忘れてた……。
「そーいうむず痒いのはお家に帰って二人きりになってからやれよな」
「ごめんなさい……」
これまでのやり取り全部見られていたと思うと恥ずかしくて顔が熱い。そんな俺とは対称的に紫音はむっとして新井田さんを振り返った。
「邪魔しないでくれます?」
「紫音!」
失礼だろ、と紫音を嗜めると、新井田さんが呆れた様に言った。
「お前ってさ、春の前ではそんな感じなんだな」
「はい?」
「なんつーか、あんま格好良くはないな」
「……喧嘩売ってますか?」
紫音の声がちょっとイラついている。けれど新井田さんは意に返さない。
「お前はもっとクールな男だと思ってたから、そんな顔もするんだなって。まあけど、よく考えたらお前はずっと春のこととなると目の色変えてたか。お前のそーいう姿見て幻滅するファンも、中にはいるんだろうなあ」
「それは僥倖です。もう俺にセクハラすんのやめてくれるってことですね」
「俺がそうとは言ってないだろ。それはそうと、春はこんなんでいいの?付き合ってみたら思ってたのと違ったってならなかった?」
振り返った新井田さんに食い気味に答える。
「全然そんなことないです。俺は紫音の全部が好きだし、紫音が世界で一番格好いいと思ってますから」
「ハル先輩……!」
紫音を貶されて、俺も少しむっとしていた。意地になって他人に聞かせるにはちょっと恥ずかしいことを言ってしまったけれど、紫音がまた目を輝かせてくれたからよしとしよう。
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