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remind 12

「痛みますか……?」  今度は心配そうな声が届いた。けど、俺が顔を上げた瞬間、紫音はわざとらしく視線を逸らした。やっぱり、勘違いなんかじゃない。明らかに、紫音は俺を避けてる……。  無駄だと分かっていてもどうしても力は入るもので、拘束されていた手首と足首は擦れて赤くなって、皮が剥けているところもある。紫音が痛むか、と言っているのはそのことだろう。 「少しだけ」  けどそんなことよりも今ズキズキと痛むのは、締め付けられているのは、この胸の奥だ。   「ここ…………もしかして、絞められた……?」  紫音の指先が、俺の首に触れるか触れないかの位置で彷徨っている。どうして気付いたのだろう。 「酷い痣だ……。辛い思いさせて、本当に…………」  俺が答えられずにいると、絞り出すように紫音が言った。最後の方は殆ど聞こえなかったけど、ごめんなさいってその口が動いていた様な気がする。 「謝るなよ。謝らなきゃいけないのは、俺の方だから……」 「何で?ハル先輩には何一つ悪いとこないじゃないですか」 「ある、よ……。こんなことになったのは、俺が油断してたせいだ。隙があったんだよ。刑事さんには、俺が誘惑したって言われた。俺、本当に全然そんな気なかったけど、きっと気付かない内に何かしちゃってたんだ……」  一人の人間がこんなにも何度も、しかも違う相手に襲われるなんて、どう考えてもおかしい。俺の方にも何らかの非があると考えた方が普通に考えて自然だ。だから、紫音がうんざりして、俺に愛想を尽かすのも当然なのだ…………。  ぽん、と両肩に紫音の手が乗って、顔を上げた。目の前には紫音の真剣な顔があった。   「何言ってるんですか、そんな筈ないでしょう!あんな変態クソ野郎の言うこと、まともに受け取っちゃだめです。ハル先輩は何にも悪くありません。誘惑なんか絶対してないし、ちゃんと気を付けてた。ハル先輩のこと、ずっと傍で見てきた俺が断言します!ハル先輩は悪くない。一ミリも!」  紫音の表情にも言葉にも、嘘はない様に見える。けど……。 「けど紫音は俺のこと…………」  紫音は首を傾げた。あんな分かりやすい態度を取っておいて、本気で何の事か分からないって顔をしている。 「俺は何度も紫音を裏切ってしまった。それは紛れもない事実だ。その過程に俺の非があろうとなかろうと、結果は変わらない。俺の身体は…………本当にきたない…………」  身体の外側も、内側も、触れられる所は全て踏み荒らされているのだ。刑事さんには、最後までされなかった。けど、この邸で監禁されていた時、それはもう酷い扱いを受けた。朝も夜もなく、ボロ雑巾になるまで汚され尽くした。その上、俺のせいであの二人は───。 「きたなくない!ハル先輩は汚くなんかないよ!何があっても、ハル先輩は綺麗です!綺麗なんです!!それに、裏切られたなんて思ったこと、俺は一度もないですから!」 「だったら、俺は紫音に何を謝れば…………」 「謝る必要なんてないってば。さっきも言ったけど、ハル先輩に悪い所なんてひとつもないんですから!」  そんなの酷い。謝罪すら受け入れてくれないってことは、やり直すチャンスもないってことだ。 「謝らせてよ、紫音……。お願い、俺のこと…………」 「ハル先輩、どうして……?」  紫音はいつからこんなに演技が上手くなったのだろう。何も分からないフリが板に付きすぎだ。そういえば俺の記憶がない時は、ずっとただの友達のフリをしていたんだった。きっとそれで…………あヤバイ。泣きそう…………。 「ハル先輩……!?」  思ったときにはもう遅かった。止める間もなく、涙がボロボロ零れ落ちる。そんな俺を見て紫音がおろおろしている。本当に、凄く自然だ。 「紫音に、嫌われたくない。こんな風になっちゃって……、わがままだって、分かってる……けど…………っ、チャンスが……欲しくて……」  紫音に嫌われたら、俺生きていける自信ない……。また忘れちゃえばいいのかな。紫音のことも、辛い記憶も、何もかも。けどそうしたら、また刑事さんみたいな人にいいようにオモチャにされるかもしれない。それならやっぱり、いなくなった方が……  死んだ方がマシ。そう思いかけた時、強く身体を抱き締められた。 「俺がいつハル先輩を嫌いだなんて言いました?大好きですよ!何があったって、たとえハル先輩が全世界の敵になったとしたって、俺だけはハル先輩を愛します!それぐらい、俺はハル先輩のこと好きなんですから……」  分かってくださいよ。肩口で紫音が悔しそうに呟く。  ……こんな必死に紡いでくれた言葉は、とても疑えない。けど、紫音の態度は俺の勘違いだったで片付けられる程曖昧なものじゃなかった…………。

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