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特別な人 第18話
「努力、します……」
「『努力』しないとダメなんだ?」
嘘でも言いたくないって感じが伝わってきて、僕は苦笑い。本当、なんでこんなに仲が悪くなったんだろ?
虎君と姉さんが顔を合わせる度に言い合いをするようになった理由が知りたい。でも、聞いたところではぐらかされるってわかるから、聞かない。
聞かないけど、「本当に喧嘩しないでね?」って念を押す裏で、いつか聞ければいいなって思うのは僕の自由だよね?
「……虎君?」
姉さんの不仲の理由を知りたいって思ってる僕を他所に、何も言わずに抱きしめる腕に力を籠めてくる虎君。
宥められていたのは僕の方なのに、まるで縋りつかれているような錯覚を起こしてしまいそうになるのはどうしてだろう……?
どうしたの? って抗うこともせずに尋ねれば、虎君は「ちょっとだけ蒸し返す」って前置きをした。
「西さ……、いや、西の住所とか、知ってる?」
「え……? 西さんの住所……? 知らないけど、なんで?」
改めて出てきたお手伝いさんの名前に心臓が痛くなる。
虎君が言った『蒸し返す』って言葉の意味はすぐ理解できたけど、なんでそうするのか分からない。
きっと他の人だったら無神経な人だって思ってたと思う。でも、相手は虎君。僕の事をちゃんと考えてくれてる人。だから、話題を蒸し返した理由は何かあるはず。
僕は動揺に声を震わせながらも質問に答えた。
「いや、なんでもないよ」
「! 嘘つき」
いつも僕に嘘をつくなって言うくせに、自分はこうやって平気で嘘をつく虎君。
何度もそれを責めたことがあるけど、虎君は自分がつく嘘は『必要な嘘』だからいいのって言う。
きっとこれもその『必要な嘘』なんだろうけど、真相が気になるからちゃんと教えてってせっついた。
「本当に何でもないよ」
「それ、嘘だよね? 僕、ちゃんとわかるよ? 虎君が嘘ついてるかどうか」
顔を見なくても、目を見なくても、声だけでわかる。他ならぬ虎君の事だから。
いつもなら重ねられた嘘に引き下がる僕だけど、何故か今は引き下がっちゃダメだって本能が叫んでた。
教えてって声を強く発したら、聞こえるのは虎君の溜め息。
「……ごめん。西に『話』つけに行こうと思ったんだ」
「『話』? なんの?」
西さんはクビになったし、警察沙汰にしない代わりに取り付けた約束からもう二度と僕の前に姿を見せることはない。それなのに、まだ何を話すことがあるの?
そう疑問を投げかける僕に、虎君はまた溜め息。
「茂さん達はその場にいたしそれで充分かもしれないけど、俺はやっぱりこのままじゃこの感情を昇華できない」
「? 何の話?」
「正直、はらわたが煮えくり返ってる。……『話』じゃなくて、『落とし前』をつけたい。俺自身の為に」
理解しない僕に、虎君は濁していた言葉をはっきりとしたものに変えて説明してくれた。俺の大事な人に手を出した報いは受けてもらう。って。
「そんな危ない事止めてよっ」
声に一切『冗談』が含まれていないって分かるから、僕は虎君にしがみついて怖い考えを捨てて欲しいと訴えた。
茂斗の話では虎君の喧嘩の強さは尋常じゃないらしい。その強さは、他の人を『強い』って認める言葉を口にした事がないあの茂斗が『やり合いたくない』って言う程のもので、1対1で勝つのは至難の業って遠い目をしてたっけ。
でもそれはあくまでも子供同士の喧嘩の話。西さんは大人の男の人だし、学生時代運動部に所属してた名残もあって今も身体を鍛えてるって言ってたし、そんな人と喧嘩してもし虎君に何かあったら、それこそ僕は西さんを絶対に許せなくなる。
だから『落とし前』とかそういうのはやめて欲しい。
「葵は西の事、許せるのか……?」
僕の制止の声に、虎君は抱きしめる手を緩めて僕の顔を覗き込んできた。その表情には『信じられない』って感情が浮かんでいて、あんなことをされてどうして『許す』ことができるんだ? って言いたげだった。
「確かに西さんがあんなことしてたって事実はすごくショックだし怖いよ。……父さん達の信頼を裏切ったことも、凄く怒ってる……」
「葵……」
「でも、どうしてかは分からないけど、『許せない』って思えない……」
虎君の表情を見るのが怖くて視線を下げる僕。きっと虎君は僕の事を軽蔑しているような気がしたから……。
(あんなに泣きじゃくっといて何言ってるんだって思ってるだろうな……)
軽蔑されてなくても、少なくとも呆れられてる。それが怖くて、責められる前に「ごめんね……」って謝った。
「なんで謝るの……?」
「だって虎君、呆れてるでしょ……?」
視線を下げたままの僕の手を握る虎君。僕はその手を握り返して、また謝った。
「……『気持ち悪い』って思わなかったのか?」
「え? 何が?」
「西が自分の事好きだって知って、気持ち悪いって思わなかったのか?」
質問に質問が返されて意味が分からず顔を上げたら、虎君はすごく神妙な顔をしていた。呆れられてるって思ってた僕は、その思い詰めた表情の真意が全然分からなかった……。
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