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特別な人 第19話
「えっと……、『気持ち悪い』とは思わなかったよ……?」
「なんで?」
「『なんで』って、え? なんで?」
西さんからのそういう意味での好意感じたことがなかったから凄くびっくりしたのは事実。西さんの『裏切り行為』を怖いって思ってる気持ちも、事実。でも、西さんが僕を、同性である僕を『好き』になった気持ちを『気持ち悪い』とは思わない。
確かに世間でいう『一般論』を元にすると、西さんが僕に抱いた感情は確かに『異質』なものだと思う。人によっては嫌悪感を抱いて『気持ち悪い』と思うかもしれない。
でも、それでも僕は誰かが誰かを『好き』だと思う気持ちを否定したくない。僕はまだ経験がないけど、人を好きになるって理屈じゃないと思うから……。
「西は男だよ? 葵、分かってる?」
「ちゃんとわかってるよ」
理解してる事実を確認してくる虎君の言葉に、ちょっとだけ悲しい気持ちになる。
虎君は『常識人』で『真面目』だから、西さんの気持ちを『気持ち悪い』って感じるのは仕方ないし、その考えを変えて欲しいとも思ってない。
でも、それなのに悲しいって感じるのは、虎君の考えが僕とは違うから……。
(って、こんなこと言ったら『当たり前』って言われちゃうよね)
いくら仲が良くても僕と虎君は別々の人間なんだから、考え方が違うのは当然。むしろ思考回路が一緒って人を見つける方が至難の業だ。そんな人、世界中探したって見つからないだろうから。
だから僕がこんな気持ちになるのはお門違い。
「そっか……」
西さんの想いを否定しない僕に虎君は言っても無駄だって思ったのかな? 返ってきたのは小さな溜め息と短い声。
呆れたかもしれないって思ったら、やっぱりショックだった。
「本当にごめんね? いっぱい心配かけたのに、僕、こんな感じで……」
「だからなんで葵が謝るんだよ」
「本当なら『許せない』って、『気持ち悪い』って思わないとダメなのに、僕全然そんな風に思えなくて……」
呆れちゃうよね? って自嘲を零したら、虎君は「そんなことないよ」って握っていた手に力を込めてくれた。
「葵は本当に優しいな」
「優しい、のかな……?」
「優しいよ。……俺はやっぱり西を許せないから」
握られている手が、熱い。
虎君は、僕を傷つけた西さんが許せないって言葉を吐き出した。『好き』って感情を言い訳にして『大切な人』を汚した。って……。
「本当に好きなら大切にしたいって思うもんなのに、西は性欲に負けた。……一番大事にしなくちゃいけない想いにあいつは自分で泥を塗ったんだ」
「虎君……」
好きで好きでどうしようもない感情なら、知ってる。止められない想いがあることも分かってる。でも、それに託けて欲望のまま動いてはいけない。本気で愛してるなら、考えるべきは相手の事だから……。
そう言葉を続ける虎君は、だから自分に負けた西さんが許せないって辛そうな声を絞り出していた……。
(そっか……虎君、好きな人、居るんだ……)
優しくて面倒見のいい虎君。かっこよくて頭が良くて面白い虎君。
そんな虎君がモテないわけがないって思ってた。でも、それなのに虎君には彼女がいたって過去はなくて、僕は虎君にはまだ『好きな人』がいないんだって思ってた。
けど、今の虎君の言葉でそれが勝手な思い込みだって知ってしまった。
(当然だよね。虎君ももう大学生なんだし)
来年には成人式を迎える虎君にどうして『好きな人』がいないって思ってたんだろう?
僕は自分の間抜けさに笑いそうになる。
「虎君は、大切にしてるんだね……」
「え?」
「! あ、ごめっ……」
僕の知らない虎君の『好きな人』。きっと虎君はその人の事がとても大事なんだろうな。だから、僕と『その人』を重ねてしまって怒りが治まらないんだろうな……。
そう思ったら、何故か息苦しくなった。
深呼吸をするように息を吸って吐き出せば、思わず出ていた言葉。
それに虎君は顔を上げて僕を見る。何の話? って言いたげな顔で。
慌てて何でもないって返すのは、今聞くべき話じゃないと思ったから。今虎君は僕の心配をしてくれてる。それなのに、その心配を無視して『虎君好きな人いるの?』って聞くのは虎君に失礼だと思ったから。
「葵、俺は――――」
「葵」
虎君が何か言おうとした時、ドアを叩く音と茂斗が僕を呼ぶ声が聞こえた。
「な、何? 茂斗」
「親父達帰ってきたから呼びに来た」
びっくりして声がひっくり返ってしまう。でも茂斗はそんなこと気にせずに用件を伝えて「虎も降りて来いって」って部屋には入ってこずに立ち去ってしまったみたいだった。
「父さん達、もう帰ってきたんだ……」
食事に出かけた割には早い帰宅。それにびっくりしたら虎君は「そりゃそうだろ」って笑う。いつもと同じように。
「普段通りって思っても、やっぱり葵が心配なんだよ」
「そう、なのかな……?」
「そうだよ」
笑う虎君は、呼ばれてるから行こうか? って握っていた手を放して僕に膝を降りるように言ってくる。
膝から降りたいって思っていたのは僕なのに、何故か今はまだ降りたくないって思ってしまった。
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