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特別な人 第20話
つくづく自分は子供だと思う。そして、埋めることのできない5年を感じて切なくなる。
促されるまま膝から降りた僕に少し遅れてベッドから立ち上がる虎君は軽く伸びをして見せる。その姿は分かっていたけど男の人で、憧れる。
(茂斗よりもずっとずっと男の人だよな……)
大人っぽくて中学生に見えないと言われている茂斗ですら、僕にとっては男の人。でも、そんな茂斗が霞んでしまうぐらい虎君は大人の男の人で、気後れしそうだった。
「ねぇ、虎君」
「ん? 何?」
「僕も身体鍛えたら、男らしくなるかな?」
視線を下げて目に入るのはあまりにも貧相な自分の身体。中学生活で伸びた身長は僅か10センチ。筋肉は必要最低限しかついてないし、『背が高い女の子』って言っても通るかもしれない。
でも、やっぱり筋肉に憧れはあるから、今日から筋トレでもしようかな。って考える。
「気にしてる?」
「え? そりゃ僕も男だし、虎君や茂斗の隣にいてもガッカリされない程度には男らしくなりたいかなぁ……」
「! そっちか」
苦笑いを浮かべて尋ねてくる虎君に正直に答えれば、苦笑いが驚いた顔に変わって、笑い顔に変化した。
明らかに安堵した表情で、意味が分からない。
「え? 『そっち』って?」
「いや、西の事気にしてるのかなって思ってさ……」
男らしくならないとダメだって思ったのかと思った。
そう言葉を続ける虎君は、自分の想像と違う理由だから安心した。って僕の頭をポンポンって叩いてくる。
(また心配かけちゃった……)
虎君の誤解は当然。確かにこれまでの経緯を考えると、突然男らしくなりたいって言いだした理由を同性からの好意のせいだと思われても仕方なかった。
「そういうことなら、効率よく筋肉をつけれる筋トレやってみる?」
「! うん!」
しゅんとする僕に掛けられる言葉は何処までも優しくて嬉しくなる。
元気よく頷いたら、虎君は「行こう」って僕の手を引いて歩き出した。
「葵が本気なんだったら、俺も心を鬼にしてサポートするか」
「本気だけど、でもスパルタはヤだ!」
「えぇ? でも俺と茂斗に追いつきたいんだろ?」
「追いつきたいけどスパルタな虎君は怖いから嫌なの!」
手を引かれて一階に降りる中、きっと僕の筋トレメニューを考えてる虎君と軽口を交わして笑う僕。
ちょっと前まで大泣きしていたのが嘘みたいに気持ちは浮上してて、自分って単純だと思った。
「でも俺、葵に対してスパルタになったことないだろ?」
「! そんなことないよ?」
「そんなことあるよ。俺は葵をめちゃくちゃ甘やかしてるつもりだし」
笑う虎君の言葉は僕を喜ばせる。甘やかされてる自覚はあるけど、虎君もそう思ってくれていることが嬉しくて。
「そうなの?」
「そうだよ。桔梗や茂斗に怒られてるけど、こればっかりは譲れないんだよなぁ」
虎君は姉さん達から僕を甘やかしすぎだってしょっちゅう怒られてるらしい。このままだとあんたがいないと葵は何もできない大人になる! って。
でも、それでも虎君は僕を甘やかすことを止められないって笑う。
「もし姉さん達が言った通りになったらどうするの?」
「別にどうもしないけど?」
僕を甘やかすのが生きがいだって言う虎君。
それに僕は笑って、心配が現実になったらどうするの? って聞いてみる。それは流石に困るでしょ? って。
でも、虎君は別に困らないって笑うと、「葵が望むなら一生面倒見てやるよ」って女の子が聞いたら大喜びしそうな言葉をかけてくる。
「あはは。虎君って本当に優しいね」
僕が女の子だったら勘違いしちゃいそうだよ。
繋がっている手に視線を落として軽口を返したら、前を歩いてる虎君が突然立ち止まって危うく背中にぶつかるところだった。
「ちょ、急に止まらないでよ!」
階段で止まるとか危ないよ!?
ぶつかる前に止まれたからよかったけど、ぶつかってたら二人一緒に階段から落ちてたかもしれない。
「ごめんごめん、葵が女の子だったらって考えたら自分が怖くなって」
「? 僕が女の子だったら? どういうこと?」
「葵が言ったんだろ? 女の子だったらって。で、考えてみた」
なんでいきなり? って聞いたら、僕が言い出したことだって虎君は苦笑いを浮かべながら振り返る。
「葵が女の子だったら、俺、茂斗以上に葵の事束縛してそう」
俺以外の男と喋るとか許せないと思う。
そんなことを言う虎君は「我ながら危ないよなぁ?」って同意を求めてくるけど、僕はなんて言葉を返したらいいんだろう?
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