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特別な人 第35話

「そうだな。冗談だよ」  視線から逃げる茂斗はフェイスタオルに手を伸ばして髪を乱暴に乾かし始める。僕は絶対に冗談じゃないって思ったけど、なぜか食い下がることはできなかった。 (なんか調子狂っちゃうなぁ……)  いつもの茂斗らしからぬ態度にモヤモヤする。なんだか今日は嫌な日だ。  昨日とかわらずいつも通りの平和な一日になるはずだったのに、家に帰ってきてから全然平和じゃない。本当、疲れちゃった……。  納得してないけど茂斗を問いただす話術のない僕は茂斗に続くようにフェイスタオルで濡れた髪を拭って絶対に早く寝ようと心に決めた。  すると、感じる視線。この空間には茂斗しかいないから、隣に立つ双子の片割れに視線を向けた。 「追及なんてしないよ。どうせ聞いてもはぐらかすでしょ」 「! はは。流石双子だな」  言わんとしてることは分かってる。だから先回りして口を開いたら、茂斗は何故か嬉しそうに笑って僕の肩を抱いてきた。  僕の態度は確実に『悪態』だったのに、なんで茂斗はこんな風に笑うんだろう? やっぱり偶に茂斗って変だ。  まぁでも理解できなくても機嫌は良さそうで安心。きっと今ならちょっとぐらい無茶なお願いをしても聞いてもらえそうなぐらい茂斗は上機嫌だった。 (あ、今なら『いいよ』って言ってくれるかも)  茂斗は基本的に僕のお願いを聞いてくれる。頼む時は茶化したり意地悪したりするけど、でも最終的にはちゃんと願いをかなえてくれる。でも、それでもダメって言われるお願いがある。それが、『一緒にお風呂』と『一緒に寝る』だった。  だから今回も絶対嫌って言われるだろうなぁって思ってたんだけど、お風呂は自分から入ってきてくれたし、この機嫌の良さならもう一つもいける気がした。 「ねぇ茂斗。今夜なんだけど、一緒に寝ちゃダメかな?」  本当は絶対一緒に寝て欲しいところだけど、一応遠慮して許可を求めるように聞いてみる。頼りない弟の一生に一度のお願いを聞いてくれる? って雰囲気を持って。  僕の言葉に、茂斗は髪を乾かす手を止めて僕を見下ろしてきた。驚いたように。 「え? なんで?」 「『なんで』って、怖いからに決まってるでしょ! それに、一人でいると色々考えちゃうし……」  だからお願いだから一緒に寝ようよ。  そう縋る思いで見上げれば、茂斗は溜め息を吐く。もしかしてこれは呆れながらも『いいよ』って言ってくれる感じかも?  そんな期待に胸を膨らませる僕だけど、返ってきたのは「嫌だ」って拒否の言葉。 「な、なんで?!」  分かってたけど期待した分落胆は大きい。おかげで今度は僕が理由を尋ねることになってしまった。 「今の感じ、『いいよ』って言ってくれる流れじゃないの?」  茂斗の意地悪! 一緒に寝てよ! って腕を掴めば、僕の動きに合わせて身体を揺らす茂斗。絶対面倒くさいって思ってるんだろうな。 「ちげぇーよ。何でそうなるんだよ。つーか、虎はどうするんだよ」 「? なんで虎君がでてくるの?」  放せって手を振りほどくと、尋ねられる。虎が可哀想だろうが。って言葉つきで。  でも僕はどうして茂斗と一緒に寝ると虎君が可哀想になるのか分からない。分からないから、なんで? ってまた首を傾げてしまった。 「いやいやいや。虎の奴、葵のこと心配して今日泊まるって言ってるんだぞ? それなのにそんな虎を放って俺と寝たいわけ?」 「え? 虎君も今日泊まってくれるの?」  凪ちゃんだけじゃなくて? って聞いたら、茂斗は盛大に顔を顰めた。お前何言ってんの? って声が聞こえそうだ。 「西の話した時、言ってたじゃねーか。親父に泊まっていいか聞いといてくれって。ついさっきの事なのになんで忘れてんの?」 「そ、そんなこと言ってたっけ……?」  お願いだから、不意に西さんの名前出さないでよ。  僕は身体が竦む思いをしながらもなんとか平静を装う。全然ダメだったみたいだけど……。 「あー……、悪い。大丈夫か?」 「ん……、大丈夫……」  茂斗の態度がまた変わる。心配そうに様子を伺ってくる茂斗に、僕は頬っぺたを引き攣らせながらも笑い返した。  そしたら、あんまりこんな姿人に見せたくないって思ってることがバレたのか、無理すんなよって言いながら茂斗は身体を起こしてくれて……。 「まぁ、葵あの時いっぱいいっぱいだったから仕方ねぇーか」 「ごめんね……」 「謝んなよ。……虎、今日泊まるって言ってたし、葵が寝るまでお前についてるつもりだと思うぞ」  だから、添い寝頼むなら虎にしろよ。  ぽんぽんって頭叩く茂斗の言葉に、僕は小さく頷いた。 「虎君、嫌がらないかな……?」 「大丈夫だろ。あいつ葵のモンペだし」  心配すんなよって笑ってくれる茂斗は、意地悪だけどやっぱり優しい。  僕はその言葉に安心して、「その言い方止めてよ」って笑うことができた。

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