「それで、来須先輩の反応は？」 「すっごく怒ってたよ。西さんが許せないって。……本当、虎君って優しいよね」 　僕が変な理由は分かったってい言う慶史は、何故か虎君の心配をする。あの人大丈夫なの？　って。 　いつもは顔を合わせる度険悪な雰囲気になる二人だけど、やっぱり慶史も虎君のこと好きなんだなって分かって僕は思わず笑ってしまう。慶史はあまのじゃくなところがあるし、急に態度が変えられないんだろうな。 「悪いこと言わないから、来須先輩に釘指しときなよ。あの人、絶対に『怒る』じゃ済んでないから」 　虎君と慶史が仲良くなる日も近いかも？ 　なんてことを考えてたら、慶史は「犯罪に巻き込まれて喜ぶなよ」って指差してきた。どうやら慶史は『虎君が怒ってくれた』って喜んでるって勘違いしたみたい。 　僕は慌てて「喜んでないよ！」って訂正する。笑ったのは慶史が虎君のことを心配してくれたからだよ。って。 　でもそしたら今度はすっごく嫌そうな顔が返ってきて……。 「俺があの人の心配するわけないじゃん。葵も知ってるでしょ。俺があの人のこときらーーー苦手だって」 「全然言い直せてないよ」 　僕の視線を気にして言葉を選び直してくれる慶史だけど、もうほとんど本音は出た後。 　仲良くなってくれるかも？　って期待した僕は、それには流石に苦笑いだ。 「でも、虎君のこと心配してくれてるじゃない」 「俺が心配してるのは葵のことだよ」 「僕？　なんでそうなるの？」 　慶史、自分がさっき言った言葉を忘れてるのかな？　虎君のこと、『大丈夫？』って聞いたんだよ？ 　いくらなんでも苦しい言い訳だと思った僕。でも慶史は、「だから」って髪をまた掻きむしる。 「正直、あの人が暴走するのは勝手だし、それが、原因で警察沙汰になっても逮捕されても自業自得って思ってるよ。俺は」 「！　慶史っ！」 「でも、そんなことなったら葵が嫌だろ？　来須先輩に何かあったら『自分のせいだ』って責任感じるに決まってるし、そうなったら葵の人生も目茶苦茶になるじゃん。俺はそれが嫌なの」 　ぶっちゃけ葵の前から消えてくれるなら捕まってもらった方が手っ取り早いって思ってる。 　そこまで慶史が虎君を嫌ってるって思わなかった僕は、ショックを受けてしまう。 　慶史の本音が悲しくて黙ってしまった僕に、慶史は更に言葉を続ける。でもそれは虎君に対する悪感情ではなくて、さっき口にした本音の理由。 「あの人が葵を大事にしてるのは知ってるし、それは凄いって思ってる。でも『絶対に変わらない信念の存在』を信じてるところが苦手。変わらないものなんてあるわけないのに」 　片肘をついて「いまどきそんなこと小学生でも知ってるのに」ってため息を吐く慶史は僕を見据えると、「葵もそう思わない？」って聞いてきた。 　全部、世の中の全部、不変なんてありえない。物も、人も変わってしまう。考えや想いだってそうだ。 　永遠なんてないっていいたげな慶史だけど、その顔はすごく淋しそうで僕は言葉を失った。 （慶史、本当は信じたいんだろうな……） 　信じたいけど、信じて傷つくのが怖い。だから、見ない振りをする。信じてない振りをする……。 　そうやって自分に暗示を掛けてる慶史の心が分かって、切なくて胸が痛くなる。だから、僕は力無く笑って「そうだね……」って頷いてしまうんだ。 「……ごめん。意地悪した。葵が来須先輩寄りの考えだって知ってるのに、無理矢理同意させた」 「慶史……。ううん。そんなことないよ」 　いろいろ思い出して腹立ったから八つ当たりした。 　そう言って謝って来る慶史。僕は分かってるよって笑うけど、それ以上言葉は出てこなかった。 （いつか慶史の心を癒してくれる人が現れますように……） 　慶史が本当に信頼できる人と早く巡り会えますようにと願わずにはいられない。僕は慶史の側にいれても、慶史の心を癒すことはできないから。 「葵、ごめんってば。頼むから黙らないで」 「うん。僕こそごめんね。無神経だった」 「だから俺が喋らせたんだから葵は謝んなよ」 　わかりやすく落ち込むなって言う慶史の表情はぎこちないけど、笑顔。気を使わせてるってわかるから、僕も謝りながら笑い返した。 　謝るな！　って手を伸ばす慶史に頬っぺたを抓られるのはそれからすぐのことだった。 「慶史、痛い」 「抓ってるんだから当たり前だろうが」 　痛いようにしてるって言う慶史に、もう謝らないから放してってお願いする僕。 　慶史は僕の言葉を信じてくれたのか、手を離すと「とにかく」って咳ばらいをした。 「来須先輩にヤバい事しないように釘指しとけよ」 「大丈夫だよ。西さんには関わらないってちゃんと約束してくれたし」 「それ、信頼できるの？」 「もちろん。僕だけじゃなくて父さんとも約束してたし、絶対大丈夫」 　あの人の事だから口だけじゃない？　って、それは流石に心配しすぎ。 　虎君はちゃんと約束を守ってくれる人。守れない約束は絶対にしない人。だから、大丈夫。 　たとえ父さんとの約束がなくても、僕は、僕と約束してくれた虎君を信じてる。 「おじさんと約束したんだ？　それならまだ信用できそうかな……」 　いやでも……。って考え込む慶史は本当に虎君のことを疑ってて、怪しい動きしないかしばらく見張っといた方がいいって助言してきた。 　まぁ僕は虎君を信じてるからそれには「考えすぎ」って笑うんだけど。