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特別な人 第47話
「二人ともおまたせ。って、何笑ってるの?」
かけられた声に振り返れば、購買から帰ってきた朋喜と悠栖の姿が。何話してたの? って聞きながら机を引っ付けてくる朋喜に僕が何て答えようか考えてたら、慶史が笑顔で嘘を吐く。
「立花先生のカツラがズレてたって話」
「やっぱり慶史君も気づいた?」
「そりゃねー。あんだけズレてたら嫌でも気づくって」
授業中凄く気になってたって笑う朋喜に、全然気づかなかった僕はボロが出ないように黙ってる事にする。
そして、立花先生の髪の話で盛り上がる二人を眺めながら同じ年なのに慶史はやっぱり大人だと思った。
(慶史だから話したってこと、ちゃんと気づいてくれてるんだもんなぁ)
内容が内容なだけに、いくら仲が良いとはいっても朋喜と悠栖には知られたくなかった。そんな僕の気持ちを慶史はちゃんと分かってくれてるから、かけがえのない友達だって改めて実感。
(僕も慶史にそう思ってもらえるように頑張ろ!)
慶史に比べると僕はまだまだ子ども。だから今はまだ『頼ってほしい』って言えない。でも、いつか『葵だから』って言ってほしいから、頼ってほしいから、僕だってしっかりしないと!
「葵君? どうしたの?」
「! なんでもない! 早くご飯食べよ!」
一人意気込んで頷いてた僕に、凄い顔してるよ? って聞いてくる朋喜。
くりくりの目はパッチリ二重。色白の肌はすべすべに違いないし、少し色素の薄い茶色交じりのくせっ毛はふわふわ。ここが男子校じゃなかったら、なんで女の子が学ランを着てるんだろう? って間違っちゃいそうな程可愛い朋喜に顔を覗き込まれて、慣れてたはずなのにドキドキする。
「朋喜、ごめん。そんな風に見つめないで」
「葵君?」
視線から逃げるように顔を背ける僕に、朋喜の声は不思議そうな音になる。それに僕はきっと赤い顔してるだろうなって思いながらも「不意打ちは止めて」ってお願いを零した。
「? 『不意打ち』って何が?」
「朋喜可愛いから、女の子に見えてちょっとドキドキしちゃうのっ……!」
分かってない朋喜に、自分が可愛いってこと自覚してねって苦笑い。他の人だったら危ないよ? って。
朋喜はほわほわしてて危機感があんまりない気がするから、心配。クライスト学園は全寮制の男子校だから、女の子の変わりに……って捌け口を探す人もいるらしいから。
お願いだから気を付けてね? って心配する僕。だけど、そんな僕に朋喜と慶史は「それはこっちのセリフ」って返された。
「前から思ってたけど、葵って自分が可愛いって分かってなさすぎ」
「僕もそう思う。葵君、いつも僕達の事『可愛い』とか『綺麗』とか言うけど、僕達からしたら葵君の方が可愛いし綺麗なんだよ?」
「! そういうお世辞は良いってば」
呆れ顔の慶史と心配そうな朋喜に、僕が返すのは苦笑い。自分がカッコいいとは思ってないけど、だからといって可愛いとも思わないし綺麗だとも思わない。むしろ平凡っていうか普通っていうか、何処にでもいる感じだと思ってる。
だから、二人の言葉にちょっぴり傷つく。慶史も朋喜も自覚する必要がないぐらい可愛い。友達や家族が『可愛い』とか言わなくても周りが騒ぐぐらいに、二人は可愛い。
そんな二人に『可愛い』って言われるのは、複雑だけど嬉しいとは思う。いつもなら。でも、いつものような冗談交じりの言葉と違う『可愛い』は、逆に真実味を持たなくて、慰めに聞こえた。
「『お世辞』じゃないよ。僕、本当に葵君の事可愛いって思ってるよ?」
みんな思ってる事なのにどうしてそんなに疑うの?
僕の隣に座る朋喜の表情は悲しそう。僕は友達にそんな顔させときながら朋喜の薄い桜色の唇に、ちゃんと手入れしてるのかなぁ? なんて考えてしまっていた。
「葵君、聞いてる?」
「! 聞いてる。聞いてるよ」
ぼんやりしていた僕の目の前に、朋喜の顔。僕は空笑いを浮かべてちゃんと聞いてるって言葉を返した。
反応を返したら、朋喜はまた同じ質問を投げかけてくる。それは答えるまで引かないと言わんばかりで、僕は小さく息を吐くと小さな声でその質問に答える羽目になった。
「僕のこと『可愛い』って言うの、慶史達だけだし……」
「! そんなことないよね? みんな結構言ってるよ?」
「それは朋喜達と一緒にいるからだよ。僕は単なるおまけだよ」
口にした言葉に、恥ずかしさが込み上がってくる。
男への誉め言葉じゃないとか、自分は平凡だとか散々言っときながら、実は『可愛い』って言ってほしいと思ってる深層心理を自分自身に突き付けられてるみたいだ。
(だって僕じゃ『かっこいい』なんて言ってもらえないし、『可愛い』も誉め言葉だし……)
容姿に対する劣等感ってほどじゃないけど、やっぱり褒められたいと思う。誰かに認めて欲しいって思う。
僕の周りにはカッコいい人も可愛い人も綺麗な人もたくさんいるから、隣にいても笑われないようになりたい……。
「『おまけ』って、なんでそうなるの? なんでそんなに自信ないの?」
葵君はこんなに可愛いのに!
そう力いっぱい言ってくれる朋喜の声は教室に響いて、騒がしかった空間が一瞬静かになった気がした。
顔は上げられなかったけど、みんな僕を見てる気がして居た堪れない。
「と、朋喜、分かったから声抑えて……」
「ヤダ!」
普段はおっとりしてるくせに、たまに頑固者。そんな朋喜は、「何回でも言うから!」って僕の手を握ってきた。
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