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特別な人 第101話

「嫌じゃなかった?」 「嫌じゃなかったよ? ……あ、でも、意地悪したことは謝ってね?」  顔を上げて直ぐ目に入る、心配そうな虎君の顔。  僕はそんな顔しないでって笑いながらも、止めてって言ったのに止めてくれなかったことは反省してね? ってお願い。  虎君は安心したように微笑んで、分かったってまた抱きしめてくれた。 「あの、だから、虎兄、俺、いるってば……!」 「! ああ、忘れてた」  ぎゅって抱きしめてくれるから、僕もそれに応えるようにギュって抱き着き返す。  ずっとこうしていたいなぁ……、なんて考えてたら、現実に引き戻す瑛大の声。  首を回して瑛大に視線を向けたら、マジで勘弁して……って蹲って髪を掻きむしってる瑛大の姿が。 「もう分かったから、本当、分かったから……。これからは態度改めるから、本当、お願いだから……」  瑛大はよくわからない事をブツブツと呟きながら蹲ってて、なんだか分からないけど可哀想になってきた。  僕は虎君を見上げて、『瑛大が困ってるよ』って目で訴えてみる。 「そんな可愛い顔しない」 「! 茶化さないでよっ!」  僕の視線に気づいた虎君は悪戯に笑う。『可愛い』と言う言葉に頬っぺたを膨らませて不満を露わにしたら虎君は笑いながらも謝ってくれて、僕を抱きしめる腕を解いた。  それを寂しいって感じたのは、僕が甘えたがりだから? 「瑛大。オイ、いつまで不貞腐れてる気だ」 「! 虎兄、痛いって!」 「いや、痛くないだろ? 全然力入れてないし」 「十分痛いって……。自分のキック力考えてよ……」  蹴られた背中を擦りながら起き上がると、瑛大は当てつけのように大きなため息を吐いた。そして、息を吐ききった後何故か僕を見据えてきて……。 (何? ……もしかして、顔まだ赤い? 泣きそうな顔になってた?)  もう平気だと思ってけど、違ったのかな?  思わず自分の頬っぺたに手を添えて熱くなってないか確認してみる。でも頬っぺたは全然熱くないし、平気だよね? 「何か言いたいことあるのか?」 「! ナイ! ナイナイ!! 全然ナイ!!」  愛想笑いを瑛大に返して反応を伺おうとしたけど、僕と瑛大の間に虎君が割って入ってきたから、瑛大の視線の意味は分からずじまい。  まぁでも何も言ってこなかったし、大したことないんだろうな。現に虎君に聞かれて『無い』って答えてるし。 (それにしても、やっぱり虎君は『大人』なんだなぁ……)  同級生の中だと瑛大は背も高くて『大人の男の人』って感じなんだけど、虎君の前だとやっぱりまだまだ子どもなんだなぁって思った。  だって、今僕の目の前に本物の『大人の男の人』が居るんだもん。 (本当、虎君はカッコいいなぁ)  僕もいつか虎君みたいな大人になりたいって思う。まぁ、無理だって分かってるけど。 (父さんに似てたらまだ望みはあったかもしれないけど、僕は母さん似だしなぁ)  双子の片割れである茂斗はきっと虎君と並んでも遜色ないぐらい大人の男の人になると思うから、複雑。  これから先も虎君の隣は僕の居場所であって欲しいけど、そのうち茂斗や瑛大にその場所を奪われるかもしれない。 (ううん。見た目がすべてってわけじゃないし、僕は僕がなれる『大人の男の人』になればいいんだし!)  こんな風に弱気になるなんて、それこそ虎君の隣に立つには相応しくない。  僕は自分を奮い立たせて、もうすぐ高校生なんだしちゃんと考えようって決意を固めた。 「葵ー、晩飯できたぞー」  開いた部屋のドアと共に聞こえるのは茂斗の声。夜まで帰ってこないって言ってたのにもう帰ってきたんだ? って思ったけど、部屋の時計を確認したら7時を回ってて、驚いた。 「えーっと、何してんだ?」 「茂斗! 茂斗!! 帰ってきたのか!?」 「お、おう……。帰ってきたから此処にいるんだけど……って、何? こいつどうしたんだ?」  部屋の入り口で僕達を見据えた茂斗は空笑いを浮かべてどういう状況か尋ねてくる。  それに僕や虎君が反応を返す前に瑛大が天の助けだとばかりに駆け寄って行って、まるで僕達が瑛大を苛めていたみたいだった。 「さぁ? 情緒不安定なんじゃないか?」 「! 虎兄!?」  肩を竦ませる虎君の声は楽し気でからかってるってすぐわかる。それなのに瑛大は真に受けたのか過剰反応を返してきて、教室で見せる冷静さは微塵もなかった。

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