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大切な人 第3話

(うん。やっぱり僕が男ってところ以外全部一緒だ)  思い返して、自分は間違っていないと確信する僕。  茂斗は心が狭すぎると眉を顰めてしまうのは仕方ない。 「そんなムカつく顔すんなよな。俺の忠告無視してあり得ねぇ勘違いしてたくせに」 「! 茂斗の『忠告』って何? それに、なんで僕が落ち込むって分かってて蒸し返すの? 茂斗のバカ!」  機嫌が悪いからって八つ当たりは止めてよね!  僕の勝手な勘違いのせいで色んな人に迷惑をかけたことは分かってるしそれに関しては僕が全面的に悪かったって分かってるけど、こんな風に凪ちゃんに早く会いたいってフラストレーションをぶつけられて黙ってるべきだとは思わない。  ムッとしてしまう僕の反論に茂斗は「虎の裏切り者……」ってため息を吐きながらテーブルに突っ伏した。  僕だけじゃなく虎君にまで八つ当たりする茂斗。それには流石にムッとするだけじゃ治まらなくなってしまう僕は、いい加減にするべきだと茂斗を非難した。 「なんで虎君が『裏切り者』になるわけ? 凪ちゃんが泊ってくれなかったことと虎君は全然関係ないって、そんな簡単なことも分からないの?」 「はぁ? 凪が『泊ってくれなかった』って何それ? お前の思考回路ってマジでどうなってんの? なんでそんなわけ分かんねー妄想が出てくんの??」  辛辣な言い方をした自覚はある。だから茂斗が睨んでくるのも当然だと思う。でも、茂斗は茂斗で嫌な言い方をしてくるから、僕はまた売り言葉に買い言葉的な反論を返そうとしてしまう。  けど、僕が口を開く前に虎君が「抜け駆けしたつもりはないけど悪かったよ」って苦笑を漏らすから、言い返すよりも虎君の言葉が気になって兄弟喧嘩はまた不発に終わった。 「どうして虎君が謝るの? 虎君、何も悪いことしてないよね……?」  いや、それだけじゃなくて、『抜け駆け』って何? (もしかして虎君、凪ちゃんが好きだったことがあるの……?)  頭を過る不安。でも虎君は僕のことを『僕が生まれた時から』好きだって言ってくれてるし、ずっと僕だけだとも言ってくれてるから、僕の抱いた不安はあり得ないものだとすぐに自分自身に言い聞かせて平静を取り戻すことができた。まぁ不安は思いっきり顔に出てしまっていたんだけど。  僕の問いかけに虎君が返してくれるのは頬っぺたへのキスと「何考えたんだよ」って苦笑い。俺の愛を疑ってる? って尋ねられたから僕が何を考えたか虎君にはお見通しだったみたいだ。 「疑ってないけど、ちょっぴり不安にはなった……」 「『もしかして凪ちゃんのことが好きだったのかも』って?」  なんでそこまでお見通しなの?  僕は、実は虎君には僕の心の声が聞こえているのかも? なんて本気で疑ってしまう。 「心は読めないけど、考えてることは分かるかな?」 「! やっぱり僕の心の声、聞こえてるんだ!?」 「だから聞こえてないって」  虎君のことが大好きな気持ちも隠してるヤキモチも全部筒抜けなの!?  そう驚愕するも、虎君は楽しそうに笑って僕を抱き締めると「俺の声、聞いてよ」っておでこにキスしてきて、心の声は聞こえていないから安心してと微笑まれた。  心の声が聞こえていないなら、一安心。でも、聞こえていないのにどうしてこんなに筒抜けなの?  説明を求めようと虎君を見つめたら、僕が尋ねるよりも先に虎君が口を開いて僕の本心を的中させた理由を教えてくれた。 「表情や声のトーンでなんとなく分かるんだよ。葵は誰よりも素直だから」 「え……?」  愛しげに目を細める虎君にドキドキする。虎君が本当に本当に大好きで、そんな風に見つめられたら全部忘れて甘えたくなってしまう。  でも、僕が虎君の眼差しにきゅんとしていたら、不機嫌な声で横やりが入ってきてイラっとした。 「葵が単純だから分かるんじゃなくて、お前が四六時中葵のこと見てたからだろうが」 「! 茂斗、煩い」  虎君を馬鹿にしたような喋り方に、『もう黙ってて』って気持ちを込めて睨んでしまう僕。  できれば虎君にはこんな顔見せたくないんだけど、他でもなく虎君のことを貶されたから、どうしても怒りを抑えられなかった。  本気で怒ってるとアピールする僕に茂斗は机に突っ伏したままの「ぜってぇー謝らねぇからな」って睨み返してきた。  いつもの茶化してる感じじゃない双子の片割れの様子に本気で不機嫌なんだと悟った僕は、怒りよりも不安を覚えた。  だってどう考えても茂斗がこんな風に突っかかって来るなんて普通じゃなかったから。 (な、なんでそんな目するの……? なんでそんなに怒ってるの……?)  初めて向けられた茂斗の鋭い眼光に、怯えるなって言う方が無理な話だ。  まるで他の人に向けるような双子の片割れの眼差しに僕は怯んでしまって、無意識に助けを求めるように虎君に抱き着いてしまった。  僕を大切に想ってくれている虎君はそれに「茂斗」って牽制の声を上げ、僕を安心させるように抱きしめてくれる。 「! 俺は悪くねぇーからな!!」  虎君の窘めを含んだ声に茂斗は憤慨してテーブルを叩くと、付き合っていられないとリビングを出て行ってしまった。  遠ざかる不機嫌な足音は階段を昇って行って、やがて聞こえなくなる。  僕はどうして茂斗があんなに怒ったのか分からなくて、困惑。 「茂斗、どうしちゃったんだろう……」  僕と虎君の想いが通じ合ってから暫くは暖かく見守ってくれていた茂斗。でも、次第に当たりがきつくなって、最近は何かとああやって突っかかって来ていた。  もしかしたら僕は気づかない間に茂斗に嫌な思いさせていたのかもしれない。そして茂斗はそれをずっと我慢していたのかもしれない。  そう考えたら居てもたってもいられなくなって、謝りに行かないとって虎君を振り返った。

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