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大切な人 第4話
「葵、落ち着いて?」
「でも……」
「茂斗を追いかける前に、まず俺の話を聞いてくれる?」
追いかけるかどうか、その後に決めて欲しい。
そう僕に言い聞かせる虎君の口調は、茂斗の異変の理由を全て知っているかのようだった。
僕は逸る気持ちをグッと堪えて虎君を見つめて双子の片割れの異変はいったい何が原因なのか教えて欲しいと願った。
「茂斗の不機嫌の理由を説明するには、まず葵の勘違いを訂正しないとダメなんだ」
「僕の『勘違い』って?」
「茂斗は凪ちゃんのことを本当に大切に想ってるし大事にしてるし、なんなら俺に張り合う位愛してるって豪語してるんだけど―――」
「ちょ、ちょっと待って! 虎君に張り合う位愛してるって、何? 虎君、僕だけって言ってくれてるのにっ!?」
大人しく話を聞こうと思ってたけど、聞き捨てならない言葉が出てきたら茂斗の不機嫌の理由を知るよりもそっちに僕は食いついてしまう。僕だけを愛してるって言葉は嘘だったの!? と。
すると虎君は苦笑交じりに「違う違う」って暴走する僕を宥めるように騒ぐ僕の唇に指を添えてきた。
「俺の葵への想いと同じかそれ以上に茂斗は凪ちゃんを愛してるって言ってたってことだよ」
「! 本当に?」
「本当に。……まぁ、俺の方が圧倒的に愛してるんだけどな」
虎君は勘違いしすぎだと笑って僕の鼻の頭にキスをすると、「葵のためなら死んでもいいよ」なんて囁いてくる。
優しい声だったけど冗談とは思えない雰囲気。
僕は虎君の愛に込み上がる愛しさを必死に押し殺して、死ぬなんて言わないでって愛の言葉を受け取ることを拒否した。
(だって虎君が死んじゃったら、僕、絶対におかしくなっちゃうもん)
もし虎君が居なくなってしまったら、僕は大切な家族を置いて後を追いかけてしまいそうだ。
そんなの全然幸せじゃないしハッピーエンドとは程遠い終わり方だから、絶対に嫌だと虎君にしがみついた。
「僕の事、一人にしちゃヤダ……」
「! 葵……」
「虎君は僕とずっと一緒にいて、いっぱい笑っていっぱい幸せになって、それで、最後は一緒におじいちゃんになってずっと幸せだったねって言いながら二人で眠るように死ぬの!」
それ以外で死ぬのは絶対ダメだからね!
想像してしまった虎君のいない世界が怖くて、僕は自分が今できる精一杯の幸せな人生を口にする。
でも、それでもやっぱり一度覚えた恐怖はなかなか払拭されなくて……。
「二人で一緒に?」
「そうだよっ! 嫌なの!?」
「嫌なわけないだろ? 俺もそうであって欲しいって思ってるよ? でも、流石に一緒に老衰は難しいんじゃないかなぁ……。俺の方が5歳も年上だし、めちゃくちゃ健康に気を使ってもやっぱり俺の方が先に―――」
「僕の事置いて死んだら、僕、他の人の事好きになるよ!? それでもいいの!?」
もう! こういう時に現実的な話しないでよ!
ちょっぴりデリカシーに欠ける返答に怒ってついできないことを口にしてしまう僕。
けど、僕の言葉もデリカシーに欠けたものだったから、虎君は笑顔を真顔に戻して「葵」って僕を呼んできた。
怒っているようなその表情に、僕は言い過ぎたと焦る。
でも、でも付き合い始めてまだ2カ月のラブラブな時期に別れの話をされたら僕だって対抗したくなるってもので、そんなに怒らないで欲しいってついつい思ってしまう。
「俺がずっと傍にいたら、葵は他の誰も好きにならないか? 俺だけをずっと好きでいてくれるか?」
怒りのオーラが見えそうな虎君に怯えていた僕の耳に届くのは、そんな問いかけ。
ジッと僕を見据え問いただしてくる声には抑揚がない。でも、尋ねられた内容は威圧するどころか縋るような頼りないもので、虎君は怒ってるわけじゃなくて不安になっているんだと理解できた。
僕は虎君の頬っぺたをぺちっと両手で叩くと、さっきの言葉は嘘だと告げた。
「虎君だけだよ。虎君が居なくなっても、僕にはずっと虎君だけだよ。……だから、僕を残して死ぬとか絶対言わないで。僕のこと幸せにしたいって思ってくれてるなら、何が何でも僕の傍にいてね?」
冗談でも一人で死ぬとか考えて欲しくない。それがたとえ僕のためであっても、僕はそれを望んではいないから。
「ごめん、葵……」
「今度からは、僕のために『永遠に生きてやる』って言ってね?」
「! 分かった。約束する」
僕の言葉に愛しげに笑う虎君は、目尻にチュッと口付けてくる。
どうやら僕はまた泣きそうになっていたようだ。
感極まった心に虎君の笑顔は堪らなく愛しくて、ぎゅーって抱き着く僕。
すると虎君は僕を優しく抱きしめ返してくれて、本当に幸せ過ぎてちょっとだけ怖くなった。
「……続きはどうする?」
「『続き』……?」
僅かとはいえ覚えた恐怖に虎君にしがみつく腕には力が籠ってしまった。
それを虎君は気づいたからか、僕の背をあやす様に叩きながら、それてももういい? と尋ねてきた。
でも僕はそれが何に対する質問なのか分からなくて、何の話? と虎君を見上げた。
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