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大切な人 第7話

「どうしたの?」 「しばらく我慢しなくちゃだめだから最後に充電させて?」  小首を傾げる僕の手首を掴んだ虎君は僕にかがむように促してきて、そのままちゅっと唇を奪われてしまう。  さっきも貰ったキスなのに、唇への不意打ちのキスは僕を動揺させる。  一気に顔が赤くなって、きっと真っ赤になってしまっているに違いない。 「と、虎君っ」 「そんな可愛い顔しないでくれよ。このまま離れられなくなるだろ?」  恥ずかしくて、でも嬉しくていっぱいいっぱいになる僕。そんな僕を他所に虎君は余裕の表情で僕を抱きしめると、できることなら二人きりで過ごしたいって誘惑の言葉を口にする。  一瞬、折角来てくれた慶史達を放って虎君と過ごしたいなんて思っちゃったけど、でも今日はみんながわざわざうちに来てくれたのは僕が招待したからだし、流石にそれはダメだと誘惑を振り切って虎君の腕から離れる僕。  虎君は僕の心を見透かしたように「残念」って笑ってる。 「もう! 虎君の意地悪っ!」 「意地悪なんてしてないだろ? 葵と二人きりで過ごしたいのは俺の本音だし、葵が俺よりも藤原達を選んだのは正直ショックなんだからな?」  二人きりで過ごしてくれるかとちょっと期待したからこその『残念』だと言う虎君はやっぱり意地悪だ。 (僕だってっ、僕だって―――) 「僕だって虎君ともっと二人きりで過ごしたいんだからねっ?」  自分ばっかりだなんて思わないでよね?  そう恨めしく思いながら睨んだら、虎君は目じりを下げて笑うと「誘惑しないで」って僕の手の甲にキスを落とした。 「ゆ、誘惑なんてしてないしっ!」 「可愛い顔して可愛いこと言って、どう考えても誘惑だろ? 俺の最優先は葵だってちゃんと分かってるだろ?」  僕が望むなら四人を追い返してしまいそうだという虎君。そんなことをしたら慶史達の虎君への印象がますます悪くなってしまうに決まってる。  僕は、大切な友達にも僕の大好きな人をちゃんと理解して欲しいから、この誘惑にどうしても乗るわけには行かない。  必死の想いで虎君の甘い誘惑を断ち切ると、僕は悪魔の囁きから逃げるように玄関へと駆けた。 (もうっ! 虎君のバカ! ますます大好きになっちゃうじゃない!)  もっともっと好きになりたいと思う反面、これ以上好きになるのが怖いと思ってしまう。  だって今でさえも頭の中は虎君で一杯なのに、これ以上好きになったら僕はどうなってしまうのか不安になるのも当然だ。  僕は、虎君が僕を甘やかすから悪いんだと責任転嫁して、まだ熱を帯びた顔を誤魔化すように不自然なほど高いテンションで玄関のドアを開けた。 「ごめんね! お待たせ! いらっしゃい!」 「お、おう……。なんか、マモ、テンション高いな……?」  勢いよく開いた玄関のドアの正面にいた悠栖は凄くびっくりした顔をしてぎこちなく手を上げると「よう」と表情を引き攣らせて笑って見せる。  そんな悠栖の足を踏んで「鈍感」って睨むのは朋喜で、朋喜は一転して笑顔を見せると「早く来すぎちゃった?」って謝ってきた。 「ってぇな! なんで足踏むんだよ!?」 「悠栖が鈍いからでしょ!」 「不意打ち喰らわせといて逆ギレかよ!?」  不意打ちじゃなかったら避けれたって言う悠栖に、朋喜は「そう言う意味の『鈍い』じゃない」って呆れ顔。サッカー大好き運動部出身の悠栖の反射神経を鈍いなんて言うわけないでしょ? って。 「? 今朋喜が言ったんだろ。『鈍い』って」 「だからそれは―――」 「付き合って二ヶ月の恋人と恐らく今も一緒にいただろう葵が赤い顔して必死に平静を装ってハイテンションになってたら、『何』してたか分かるでしょ。男なら。」 「! 慶史!?」 「あー……。そっかそっか。なるほど、そっかぁー……」  朋喜が言い淀んだ直後に畳み掛けるように悠栖に忠告する慶史の声は抑揚が無くて少し怖い。  明らかに機嫌が悪いと分かる声色だったけど、僕は不機嫌よりも言葉に過剰反応してしまう。  熱かった顔は余計に熱くなって、恥ずかしさのあまり涙目になってしまう僕。  そんな僕に悠栖は「オッケー、察した」と生暖かい目を向けてきて、居た堪れない。 「くっそ。覚悟してたけど、やっぱりムカつくな。こんなことならもっと邪魔すればよかった」 「ああ、そっか。だから慶史君ずっと不機嫌だったんだ? 僕、勘違いしてたみたいだね」 「別に不機嫌じゃないしー。てか『勘違い』って何? 朋喜は俺が何で不機嫌だと思ったわけ?」  不機嫌さマックスの慶史の睨みも何のその。朋喜は笑顔で「分かってるでしょ?」って背後に目配せをした。  朋喜の後ろには慶史以上の不機嫌さを背中で語る瑛大が居て、僕はさっきまでとは違う意味で心臓が痛くなった。

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