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大切な人 第8話
「えっと、とりあえず中に入って? もうすぐ四月だけどまだ寒いし。ね?」
瑛大になんと声を掛けていいか分からないまま四人を促せば、僕の居心地の悪さを察しただろう慶史が「不機嫌オーラ出すくらいなら来なけりゃいいのに」って瑛大を挑発する。
自分だって不機嫌だったくせに……って朋喜は苦笑したけど、ギロリと睨んでくる慶史に肩を竦ませてそれ以上何も言わなかった。
「なぁなぁ、この前来た時も思ったけど、マモんちって使用人とかいねーの?」
「うん。いないよ。なんで?」
玄関を見渡した悠栖の質問に、僕が『いないと変かな?』って意味を込めて尋ねれば、悠栖は遠慮なく変だと言ってくる。大企業の社長の家らしくない。と。
「だってさ、俺んちですらいるんだぜ? それなのにMITANIの社長の家に一人もいないとか、考えられねぇーよ」
門も施錠されてないし、これじゃ不審者が入りたい放題だろ。
億万長者のくせに防犯意識が低すぎると言う悠栖に、朋喜も苦笑交じりに同意する。犯罪に巻き込まれるリスクは高そうだね。と。
確かにパッと見た限り僕の家は防犯対策が全くされていないように見えるだろうから悠栖と朋喜が心配するのも無理はない。
でも、家族命の父さんが自分が不在がちな家をそんな無防備なままにしておくわけがないというもので、僕は二人に「大丈夫だよ」と笑って僕の家の防犯対策を教えてあげようとした。
「あのね、世界のMITANIの家がそんな無防備なわけないでしょ。葵んちの敷地には至る所にカメラとセンサーがあって24時間不審者が侵入していないか監視されてるに決まってるでしょ」
僕が説明するよりも先に呆れ口調の慶史が二人に説明を始めて、僕は苦笑い。そんなに刺々しく言わなくてもいいのに。って。
「最新の顔認証システムで事前に承認されていない訪問者が敷地内に入ったら即警報が作動。30秒以内に葵のご両親かボディーガードの陽琥さんが相手を確認して警報を解除しないとそのまま警備会社に通報されて、警察に連携、逮捕されるって流れだよ」
「え、マジで?」
「マジで。この前来た時、俺らが玄関開ける前に葵のお母さんが居たでしょ?」
それが何よりの証拠だと言う慶史に、悠栖も納得したのか「すげぇ……」って感嘆の声を漏らしてた。
(顔認証システムはあくまでも一部なんだけど、まぁいっか)
どんなに優秀なシステムにも欠点はあるらしくて、陽琥さんは不定期で自分の信頼できるボディーガード仲間に頼んで家への侵入実験をしている。
そして、その際に見つけた警備の穴を徹底的に潰して僕達が安全に生活できるよう務めてくれている。それもこれも、以前家に強盗の侵入を許してしまった責任を誰よりも強く感じているからだ。
そんな陽琥さんの並々ならぬ努力のおかげで、僕達は陽琥さんを信じて家で安らぐことができている。本当に陽琥さんには頭が上がらない。
「ちなみに、来須先輩と瑛大は検知除外リストに登録されてるから不法侵入し放題だよ」
「! んなことしねぇーよ! 人を犯罪者みたいに言うな!!」
僕が陽琥さんに改めて感謝していたら、意地悪な慶史の声が。
明らかな挑発の言葉だったにもかかわらず、それまで無言を貫いていた瑛大が怒りを露わにして怒鳴る。それはきっと自分だけじゃなくて虎君を侮辱されたからだろう。
瑛大の怒りに先を越された僕は、侮蔑を含んだ瑛大の表情にオロオロしてしまう。
二人の仲が以前にも増して険悪になっていることは知っていたけど、いざ目の当たりにすると心臓が痛くなってどうしていいか分からなくなる。
「だいたい除外リストに入ってるのはお前も一緒だろうが!」
「『お前』って誰のことですかー?」
捲し立てる瑛大を更に挑発する慶史。
本当に今日の慶史の機嫌は過去最悪のようだ。
「ちょっと、二人とも止めなよ。葵君の家にわざわざ喧嘩しに来たの?」
「そうだぞ。お前らマジでいい加減にしろよ。マモが困ってるだろうが」
喧嘩するなら寮に帰れ。
そう二人を諫める悠栖と朋喜は、これ以上は放っておこうと慶史達を突き放すように僕の背中を押してきて……。
僕は、そう言われても……と眉を下げるも、「早くお兄さんのところに戻らないとヤキモチ焼かれちゃうしね」なんて言われたら言葉に従ってリビングへと戻るしかできなかった。
後ろ髪を引かれながらもリビングへと足を進める僕。慶史と瑛大が心配で振り返るも二人は無言のまま睨み合っていて、ついてくる気配はない。
(大丈夫かな……)
本心じゃない言葉でお互いを傷つけあったりしないか心配になるも、ちょっぴり強引な朋喜に押し切られ、僕の視界から二人は消えてしまった。
「先輩、お久しぶりっす!」
リビングに入るや否や、虎君の姿を見つけた悠栖はその場で姿勢を正して一礼して見せ、物凄く体育会系の部活出身者っぽかった。
(『っぽい』じゃなくてそのものなんだけど、やっぱり悠栖って運動部っぽくないんだよね)
筋肉が付き辛い体質だと嘆いていた悠栖。それは見た目にもしっかり反映されていて、どんなに部活に勤しんでも、どんなにトレーニングに勤しんでも、悠栖が憧れる筋肉質な体型には程遠い見た目のまま。おかげで偶に悠栖がサッカー部だってことを忘れそうになるぐらいだ。
「こんにちは。今日はお邪魔します」
悠栖に遅れて軽く会釈するのは朋喜。その仕草は元気いっぱいな悠栖とは正反対で、落ち着いた物腰で大人びいていた。
見た目の愛らしさも相まって中性的な朋喜の魅力に虎君が魅せられないか内心気が気じゃなかったりするんだけど、『恋人』の余裕を四方から掻き集めて必死に取り繕う僕は、二人にソファに座って寛ぐように勧めた。
「あ、葵君。これ、つまらないものだけど……」
「? 何?」
お茶入れるね。ってキッチンに向けた足を止めて振り返れば、朋喜は手に持っていた紙袋を差し出してきた。
思わずそれを受け取りながらも尋ねれば、「後でお茶菓子にでもして」って微笑まれた。
「お祖父様お気に入りのお菓子屋さんの和菓子だから味はもちろん見た目もとっても綺麗だからお母さん達にも是非」
「えぇ! そんな気を使わなくてもいいのに!」
差し出された紙袋の中身は、朋喜のお祖父さんのお気に入りの和菓子屋さんのお菓子。
朋喜のお祖父さんは有名な茶道の家元。そんな人が贔屓にしている和菓子屋さんのお菓子だなんてそんなの絶対物凄く美味しいに決まってる! なんて、食い意地が顔を出してしまうのは仕方ない。
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