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恋しい人 第104話

「葵」 「! 陽琥さんとの話、終わったの?」 「ああ、終わったよ」  ポンっと頭に乗せられる大きな手。  振り返れば虎君がそこに居て、僕は何の話をしていたかちょっぴり気になりながらも傍に戻ってきてくれた大好きな人に笑顔を向ける。  虎君は僕に優しい笑顔を返してくれる。でもすぐに表情を戻すと姉さんに視線を移して、「後で何を喋ったか教えろよ」なんて命令口調で喋り出す。 「別に変なことは喋ってないわよ。前から思ってたけど、ちょっと余裕なさすぎじゃない?」 「余裕なんかあるわけないだろうが」  むしろどうして余裕があると思っていたんだ。  そう呆れ顔を見せる虎君に、姉さんは訝しげな顔をして見せる。そして一度僕を見ると再び虎君に視線を戻して「意味が分からない」と言い切った。 「葵の愛を手に入れたんだから恋人としての余裕ぐらい見せなさいよ」  年上が余裕ないとか全く頼りにならないわよ?  そう言った姉さんは、僕に話を振ってくる。葵もそう思うわよね? と。  僕はその言葉に苦笑を漏らす。年上の人が余裕がないと頼りないとかそうは思わないし、そもそも虎君に余裕がないとは思ってもいない。むしろ『頼りない』とは正反対だ。  でも、もしも姉さんが言うように本当に虎君に余裕がないとしたら、それはとても悲しいこと。だって僕は虎君にこの上ない安寧を貰っているのに、僕は虎君にそれをあげられていないということだから。 (僕が子供だからダメなのかな……)  もし僕があと5年早く生まれてきていたら、虎君に安心をあげられていたかな……。  なんて、そんなどうしようもないことを考えてしまっていたら、突然視界が真っ暗になる。  いきなり何!? って凄くびっくりしたけど、心は不安を感じることなく安堵していて、虎君に抱きしめられているんだと理解できた。 「虎君?」  僕は身じろぎ、上を向く。すると虎君は少し辛そうな笑顔を浮かべ、僕を見下ろしていた。 「俺は葵が傍にいてくれるだけで幸せだからな?」 「! ……でも、何か不安なことがあるんでしょ……?」  抱き着きながらも少し拗ねた口調で尋ねてしまうのは、本当に幸せだと思ってくれているか疑ってしまっているから。  これは虎君の言葉を疑っているからではなくて、自分自身の魅力を疑っているから。  簡単に言えば、八つ当たりだ。  きっと虎君はそれを知りながら僕の八つ当たりを受け止めてくれるだろう。  それがまた申し訳なくて、でも嬉しくて、僕はやっぱり子供だと思ってしまう。 「そうだな。『不安』は、あるかな……」 「僕にできることがあったらちゃんと言ってよね……」 「葵にできることは、俺の傍にいてくれることかな?」  虎君が何に不安を感じているか。ドキドキしながら言葉を待てば、虎君はなんてことない『お願い』をしてくる。だって、頼まれなくても僕は虎君の傍にいるつもりだから。  僕は誤魔化さないで欲しいと虎君を見つめる。でも虎君は誤魔化していないと苦笑いを返してきて……。 「俺が持つ『不安』は俺にしか解決できないものだから、俺がこれ以上情けなくならないように傍にいて欲しい」 「虎君は情けなくなんかないよ?」 「情けないよ。……葵とずっと一緒にいるためにもっと努力しなくちゃいけないことがあるのに、全然努力できてない」  それが『不安』を生み出していると分かっているのに、対処できていなくて情けない。  そう苦笑を漏らす虎君は姉さんに視線を向けると、「俺にとって葵が傍にいてくれることは奇跡なんだ。その奇跡を当然と思えるわけないだろ?」って『余裕がない』理由を伝えた。  すると姉さんは虎君の言葉に眉を顰め、「面倒な考えね」と呆れた声を漏らした。 「乱暴な言葉になるけど、つまりは葵の想いを信じてないってことよね?」 「全然違う。俺は当然と思いたくないんだよ」 「どうして?」 「傍にいることが当然になってしまったら、感謝を忘れるだろう? 感謝を忘れたら、努力することもなくなる。努力しなくなったら、心はおのずと離れていくと思わないか?」  虎君は僕に視線を向け、この先もずっと僕と一緒にいたいから『余裕』を持ちたくないと慈しむような笑みを見せた。

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