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恋しい人 第105話

「『余裕』を持ちたくない理由は分かったけど、でも私や茂斗に対して嫉妬丸出しっていうのはどうにかしてくれない? 私達にとって葵は大切な家族なんだから」 「それは、まぁ、善処するよ」 「なにそのやる気のない言い方」 「仕方ないだろうが。分かっていても嫉妬するんだから。……大体、お前と茂斗の距離感がおかしいのが悪いんだぞ」  いくら大切な兄弟と言えど、普通は事ある毎に抱き合ったりキスしたりしない。  虎君は僕を抱きしめたまま、少なくとも俺はそうだと言い切る。すると姉さんは「それは仕方ないじゃない」と開き直って見せた。 「だって葵ってば凄く可愛いんだもん。可愛いものを抱きしめたいって思うのは当然のことでしょ? ね? 茂斗」 「! なんで俺を巻き込むんだよ……」  折角無関係を決め込んでいたのに。って引き攣った顔で振り向く茂斗。めのうは茂斗の腕の中、「めのうは? めのうはかわいい?」と頬を高揚させながら尋ねてくる。 「もちろん可愛いわよ! 葵もめのうもすっごく可愛い!」  姉さんは椅子から立ち上がると茂斗達に歩み寄り、そのままめのうに抱っこしてあげると手を広げて見せる。  茂斗の腕から姉さんに腕に飛び移るめのうは、「おねーちゃんもかわいい!」と姉さんの頬にキスをする。  僕達家族にとってキスは挨拶であり、親愛を表すもの。だから、めのうの行動は言うなれば普通のこと。  けど、それが日本では特殊だと言うことは僕も重々理解している。だから、他の人が『距離感がおかしい』と言うのも仕方ないと思う。  虎君は一緒に育ったけど、僕達のこの習慣に馴染めないって言ってたから、これに関しては他の人と同じ考えなのだろう。 「ごめんね、虎君」 「! 葵? どうした?」  きゅっと抱き着いて謝る僕に虎君は驚いた声を掛けてくる。いきなり何を謝っているんだ。と。  僕は虎君を見上げ、これからは気を付けると約束を伝える。すると虎君は物凄く困った顔をして、何を気を付けるんだ? と僕を引き離すとその場にしゃがんで僕と視線を合わせてきた。  同じ目線に虎君がいる。それは別に特別なことじゃないけど、ドキドキしちゃうのは僕が虎君を大好きだからだろう。 「僕、これからはみんなにキスしないように気を付けるね」 「え? なんで?」 「だって、ヤキモチ妬いちゃうんでしょ……?」  ヤキモチを妬いてくれるのは嬉しい。でも、ヤキモチのせいで姉さんや茂斗と険悪になるのは悲しい。だから、僕が気を付ければ虎君も姉さんも茂斗も喧嘩せず過ごせるでしょ?  そう伝える僕に、虎君は「ちょっと待って」と困惑を露わにする。 「虎君……?」 「ごめん。俺の独占欲のせいだよな?」 「ううん。僕の方こそ、虎君が挨拶代わりのキスが苦手って知ってたのに気づけなくてごめんなさい」  ここは日本なんだから日本らしい挨拶にするべきだよね。  そう苦笑を漏らす僕に虎君は「本当にごめん」と項垂れてしまった。 「? とらく―――」 「お前ら、回りくどい言い方をすると拗れるってまだ学習してないのかよ」 「茂斗……。別に回りくどい言い方なんてしてないでしょ?」  項垂れたままの虎君の髪に伸ばした手が触れるか触れないかのところでかかる声。  僕はびっくりして思わず手を引っ込め、平静を装って呆れた顔を見せる茂斗に空笑いを返す。  すると茂斗は盛大な溜め息を吐くと僕と向かい合うように椅子に座ると、「うちの習慣が慣れないってわけじゃねーよな?」と虎君に問いかけた。 「……そうだよ。ただの独占欲だよ」  ボソッと呟いた虎君。言葉は聞き取れたけど、思わず「え?」と尋ね返してしまう。  虎君は観念したと言わんばかりに顔を上げ、苦笑を濃くして家の習慣を止めさせたいわけじゃないと僕の手を握ってきた。 「正直、葵のキスを受け取れるのは俺だけが良いって思ってるのは事実だよ。でも、これは俺の我儘だし、葵に無理をさせたいわけじゃないんだ」 「虎君……。僕は虎君の『ワガママ』、嬉しいよ……?」 「うん。分かってる。でも、それでもこれはただの『無理強い』だから、滅茶苦茶なこと言ってると思うけど、葵は今まで通り過ごして欲しい」  そのお願いに、「でも……」と戸惑ってしまう。僕は虎君に嫌な思いをさせたくないだけなのに、それが伝わっていない気がしたから。  すると虎君は僕の手を握り直すと愛しげに笑って「そのかわり」と、一つだけ約束して欲しい事があると言ってきた。  僕はどんな約束でもいいよと手を握り返す。 「口へのキスは、絶対に俺だけにして?」  頬へのキスは今まで通り我慢する。でも、他の誰にも唇へのキスは許さないで欲しい。  そんな言葉を愛を乞うように囁いてくる虎君に、僕の頬は途端熱くなる。 「そ、そんなの当たり前でしょっ!?」  虎君以外の人とキスしたいなんて思ったことないんだからね!?  そうしどろもどろになりながらも伝えれば、虎君は嬉しそうに笑って「なら、約束」と僕と小指を絡めてきた。

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