400 / 551

恋しい人 第115話

「ち、『ちーちゃん』……?」  シンと静まり返った教室に響く悠栖の間の抜けた声。  こちらを振り振り返ってポカンとした表情の友達の姿に僕は大きく深呼吸をして心臓を落ち着けると「大丈夫だから」と苦笑いを浮かべた。 「その人は僕の従兄弟だから」 「! い、イトコ?!」 「え、でも、どう見ても不良……」  驚きの声を上げる姫神君と、『嘘だろ?』って言葉を零す悠栖。  また『不良』と口にした悠栖に、ちーちゃんの顔がぴくっと引き攣ったのを見た僕は、慌てて悠栖とちーちゃんの間に割って入った。 「! 退けよ、まー」 「やだ! ちーちゃん、悠栖のこと殴ろうとしたでしょ!?」 「人の面見て『不良』とかわけわかんねぇーこと言いやがるからちょっと絞めてやろうとしただけだろうが」  振り上げた拳を宙で止めたちーちゃんは僕に凄んで見せるけど、僕は一歩も引かずその手を下ろしてと逆に凄み返した。  切れ長で威圧感を感じる目元にキラキラと輝く金色の髪。両耳のたくさんのピアスと胸元が大きく開いた学生服。その姿はどう頑張っても『優等生』とは程遠い。  振り上げられている拳にはごつごつした指輪が沢山嵌められていて、それがお洒落のために身に着けているものじゃないと知っている僕は「自業自得でしょ」とちーちゃんを睨んだ。 「そんな格好してたら誰だって怖い人に思うからね?」 「俺の何処が怖いって言うんだよ?」 「『怖い』って言うか完全に危ない人だよ。今の千景君」 「! ……お前、慶史か?」 「そ。久しぶりだね。千景君」  睨み合いをする僕とちーちゃんの間に割って入ってくるのは笑いを堪えてる慶史で、ちーちゃんは一瞬慶史だと分からなかったのか確認するまでに間が空いた。  慶史は笑顔で手を振ると「なんで千景君がクライストに居るの?」と質問を投げかける。  それは僕も知りたかったことだったから、思わず慶史に続いて「そう! なんで!?」と詰め寄ってしまった。 「『なんで』って、編入したからに決まってるだろうが」 「『編入したから』って……。僕何も聞いてないよ!?」 「それはまーが正月家に居なかったからだろうが。俺のせいじゃねーぞ」  落ち着けとおでこを指で弾かれる。手加減してくれてると思うけど、それでも痛い事には変わりなくて、僕はおでこを擦りながら頬を膨らませた。  ちーちゃんは今ので説明が終わったつもりなのか、慶史に視線を向けると自分の何処が『危ない』のかと不機嫌な顔をして見せた。 「危なさが分かってないところがもう危ないから」 「何が? 別に普通だろうが」 「普通じゃないから。さっきのなんかどう見ても『殴り込み』だったからね? その証拠にこいつらに滅茶苦茶警戒されたでしょ?」  慶史が指さすのは悠栖と姫神君で、二人はヤバい上級生から友達を守るために立ちはだかったんだと説明した。 「目つきはどうにもならないから仕方ないとして、せめてピアス外すとか、制服ちゃんと着るとか、努力しようよ」 「別に普通だろうが。これぐらい」 「千景君にとって『普通』でも、クライストでは『不良』なの。そんなんじゃクラスで浮いちゃうよ?」 「んなの『三谷』って時点で浮いてる」  顔を顰めるちーちゃんは「どいつもこいつもうるせぇ」って吐き捨てた。  そんなちーちゃんに慶史は肩を竦めると後ろを振り返り、「見世物じゃねーよ?」と満面の笑顔を見せた。  次の瞬間、静かだった教室に音が戻る。  僕達の様子を窺っていたクラスメイト達はそれぞれのお喋りに戻ったものの、その声は不自然な程明るくて楽し気だった。 (こんな場所で騒いじゃったんだし、仕方ないよね)  好奇の目を向けられることは苦手。でも、今回は自業自得だから仕方ない。  こっそり溜め息を吐いていれば、ポケットから振動が伝わってきた。 (あ。虎君だ)  ディスプレイに表示される名前だけでホッとしてしまう。  僕はアプリを開いてメッセージを確認する。『着いたよ』という短い文面。でも、心が温かくなるのはどうしてだろう?  虎君を想いながら『すぐに行くね』と返信すれば、『姫神君もできれば一緒に』ってメッセージが届いた。 (『いじめない?』っと)  僕のメッセージに『たぶん』の文字。心配性な虎君に表情からは笑顔が零れて、幸せな気持ちが胸を満たした。 「それ、来須君からか?」 「! ちーちゃん! 覗かないでよ!」  虎君のことを考えて幸せに浸っていた僕を現実に戻すのは耳元で聞こえるちーちゃんの声。  人の携帯を覗くなんてデリカシーなさ過ぎ! そう言って僕が怒ってもちーちゃんは全然反省する素振りもなく、「帰ろうぜ」と僕の手を掴んで歩き出してしまう。

ともだちにシェアしよう!