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恋しい人 第116話

「ちょ、ちょっと待ってよちーちゃん! ちーちゃんってば!!」 「なんだよ? 来須君待ってんだろ?」 「待ってるけ―――」 「なら行こうぜ!」  強引なちーちゃんは僕の話を聞かず再び手を引いて歩き出す。本当、こうやって話を聞かないところ、昔のままだ!  僕は「離して!」とちーちゃんの手を振りほどくと、来た道を戻るように廊下を走った。 「まー! おい、まー! なんで戻るんだよ? 帰んねーの?」  後ろから聞こえるちーちゃんの声は大きくて、否が応でも視線が突き刺さってる感じがする。 (目立ってる……。物凄く目立ってるっ……)  恥ずかしさを耐えて教室に戻った僕は勢いに任せてドアを開いた。  教室はまた一瞬で静まり返ったけど、僕の姿を見て慌てて会話を続けるクラスメイト達。気を使われてる感が凄くて居た堪れなかった。 「おはよう、葵。随分早い登校だね?」 「そういう冗談は今は笑えないよ。……葵君、大丈夫?」  みんなのもとに駆け寄る僕に、朋喜は物凄く心配してくれる。もちろん、悠栖も姫神君も。  友達の優しさを改めてかみしめる僕だけど、すぐに聞こえる「まー! 帰るって言ってるのに教室戻んなよ!」ってちーちゃんの声が聞こえて、ため息が漏れてしまった。 「ほら、来須君待ってるんだから行くぞ」 「千景君、堂々と一年の教室入ってこないでよ。めちゃくちゃ目立ってるよ?」 「しかたねーだろ。まーが逃げるし」  再び僕の手を取るとちーちゃんはまたも強引に僕を引っ張って歩き出す。  でも、再び僕が抗う前に今度はちーちゃんの手首を掴んだ姫神君がそのままあらぬ方向に腕を捻りあげた。  ちーちゃんは僕手を放すと腕が動くうちに姫神君の手を振りほどく。それに姫神君は驚いた顔をして見せた。どうやら腕が振りほどかれるとは思っていなかったようだ。 「……お前、なんかやってんの?」  目を見開いている姫神君にちーちゃんが見せるのは楽しそうな笑い顔。  それはとてもまずいもので、僕はちーちゃんと姫神君の間に割って入って「虎君が待ってるから帰ろ!?」と声をあげた。 「まー、退けよ。別に急いでないんだろ? まーの用事が終わるまで俺は遊んどくから―――」 「僕の用事は姫神君にあるの!」 「え? 俺?」  高揚した表情のちーちゃんに「絶対ダメだからね!?」と両手を広げて姫神君を護る僕。  姫神君は僕の大声にまたも驚いた様子だ。 「姫神君、少しだけ付き合ってくれる?」 「何に?」 「虎君が姫神君に逢いたいって言ってて……」  正門まででいいから一緒に付いてきて欲しい。  そう言葉を続けながらも尻すぼみになるのは、横から感じる視線のせいだ。 「これ、『品定め』かな?」 「だろうな。あの人、全然変わってないじゃん」 「まぁまぁ。葵君が大切だから余計に心配になってるんじゃないかな?」  できることなら慶史達にはバレないようにって思ってたのに、ちーちゃんのせいでぜんぶつつぬけになっちゃったじゃない。  居た堪れなくて項垂れそうになる僕だけど、姫神君の「『虎君』って三谷の恋人だよな……?」って小さな声が聞こえて呆けてる場合じゃないと慌てて我に返った。 「そ、そう、だよ。……やっぱり、抵抗、ある……?」 「あ、いや。そうじゃなくて……。なんで俺に逢いたいのかが分からなくて……」  困惑の表情を浮かべる姫神君の耳には慶史達の大きな内緒話が聞こえてなかったようだ。  僕は苦笑交じりに「ごめんね」と謝った。 「虎君、凄く心配症なんだ。それで、僕の友達がどんな人か気になるから話をしたいって」 「つまり、『三谷の友人として相応しいか』確認したいってことか?」 「それは……。ごめん……」  虎君はただ心配してくれているだけ。でもそれは僕の視点の話で、他の人からすれば『品定め』と捉えられても仕方がなかった。  一応、虎君と僕の思いは伝えるんだけど、姫神君の表情を見るにそれが伝わっているとは思えなかった。 「やっぱり、嫌、だよね……」 「『嫌』っていうか、……嫌とかじゃなくて、その人に『ダメだ』って言われたら俺は三谷と友達にはなれないんだろ……?」  僕が無理なら無理と言って欲しいと作り笑いを浮かべると、姫神君から返ってきたのは予想してなかった言葉だった。

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