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恋しい人 第119話
「お前は本当、癇に障る奴だな」
「え? 何怒ってんの? 来須君」
「従兄弟と言えど俺の葵に馴れ馴れしくするな」
「馴れ馴れしくなんてしてねーだろ? って、そんな力入れんなよ。血、止まるだろ」
ちーちゃんは虎君が掴んでいた手を振りほどき、指先に血液を巡らせるために手首をまわす。殺気だって何怒ってんの? と。
虎君の怒りはちーちゃんに全く伝わっていない。でも僕には何故虎君がこんなに怒っているか分かっているから、頬が熱くなるのだ。
(これってヤキモチ、だよね?)
ちーちゃんの態度は昔から全然変わってない。それなのに虎君がこんな風に怒るのは、僕が虎君の恋人だから。僕が虎君の大切な人だから……。
独占欲を露わにしてくれる大好きな人。僕はくすぐったくて落ち着かない気持ちを覚えながら、虎君の腕にぎゅっと抱き着いた。
「! ……分かった。葵が言うなら、怒らないよ」
その困ったような笑い顔も大好きで胸が苦しくなっちゃう。
胸がいっぱいで言葉が出てこない僕は、虎君を想ってより一層強くその腕にしがみついた。
「シゲに聞いてたけど、まーと来須君、マジでくっついたんだな」
「そうだよ。見ての通り、人目も憚らず超ラブラブなんだよ。……マジうざいよね」
ちーちゃんの驚いた声に返事をするのは慶史の声。小声の嫌味もちゃんと聞こえてるからね!
きっとちーちゃんが虎君に勝負を挑む際に動きづらいからと上着を放り投げたのだろう。慶史のその手には真新しい黒の学生服が握られていた。
「全然くっつかなかったからそのまま行くんだと思ってたけど、何があったんだ? 来須君の心境の変化?」
「先輩の心境の変化じゃなくて、葵の心境の変化。……いや、心境の変化っていうか、『大人になった』?」
「! え? まさかまーが来須君襲ったの―――っぐっ……」
驚き叫ぶちーちゃんだけど、言い終わらぬうちに呻き声をあげ、「みぞおちはダメでしょ……」っと片膝をついて蹲る。
何があったのかと顔を上げると虎君の握り拳が目に入っておそらくこの拳がちーちゃんのみぞおちに入ったのだろうと想像できた。
「お前の薄汚い妄想で俺の葵を穢すな」
「先輩、顔。凶悪過ぎて葵が引いてますよ」
慶史は呆れ顔で僕を指差してくるけど、僕は驚いてるだけで引いてなんかない。そもそも腕にしがみついてる僕が虎君の顔を見れるわけがないのに、本当に慶史は意地悪だ。
でも虎君は物凄く慌てた顔で僕を振り返り、怖がらせてごめんって謝ってくる。それはいつもの冷静な虎君らしくない反応。
(そんなに怖い顔してたの?)
心配そうなその表情に、よほど怖い顔をしていただろうと伺える。ちーちゃんへの一撃もあるし、よっぽど腹が立ったのだろう。
僕は逆に虎君を心配する。大丈夫? と。
「ん。俺は大丈夫。いつもの独占欲だから……」
「! そっか……。なら仕方ないね」
虎君はいつもとてもカッコいいけど、苦笑交じりの頼りない笑顔は可愛いと思った。
僕は胸いっぱいに広がる愛しさに虎君の腕を抱く腕をぎゅっと抱きしめた。
「あの、お取込み中すみません。俺に用があるって聞いてきたんですが……」
「ああ……。想定外の邪魔が入って待たせて悪い。姫神那鳥君、だよな?」
「はい。はじめまして」
遠慮がちに声を掛けてくる姫神君は軽く一礼するも、その表情には警戒が浮かんでる。初対面の年上の男の人相手なんだから当然と言えば当然かもしれない。
とても礼儀正しい姫神君に虎君は人当たりの良い笑顔を浮かべ、「呼び出して悪いね」と穏やかな声を掛けた。
(それ、僕だけの虎君じゃないの……?)
虎君が姫神君に逢いたいと言ったのは僕の友達だからだと言うことは分かっているけど、こんなスマートな対応をされると僕の嫉妬心がむくりと目を醒ましてしまう。
悠栖達に初めて逢った時と全然違うと思うのは、僕の気のせいだろうか?
「俺は葵の幼馴染の来須虎だ」
「三谷、君から、聞いてます」
虎君の自己紹介に、僕が抱くのは不満と不安。
(どうしてわざわざ『幼馴染』って言うの? 恋人だってことは姫神君は知ってるんだよ?)
まさか姫神君に僕と恋人同士だと知られたくないとか?
グルグル頭の中で回る悪い考えに恐怖がこみ上がってきてますます強く抱き着いてしまう。もし虎君が姫神君を好きだと言っても、僕は簡単には別れてあげないんだから。と。
「なら、俺が姫神君に会いたい理由ももう伝わってるかな?」
「まぁ、大体は……」
「それなら話が早くて助かるな。……葵は俺にとって誰よりも大切な人だから、良ければ仲良くしてやって欲しい。きっと姫神君にとっても良い『友達』になるはずだから」
嫉妬に悶々としていた僕の髪を撫でる大きな手。その手はこの上ないほど優しくて、指先から『愛してる』が伝わってくる。
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