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恋しい人 第120話
不安が頭の隅にまだ残っているけど、勇気を出して顔を上げる僕。
すると目尻を下げて僕を見つめてる虎君と目が合って、口角を上げ微笑んでる大好きな人に僕は胸の奥がぎゅっと握り締められた感覚を覚えた。
「それ、『幼馴染』として言ってないですよね? というか、どうしてわざわざ『幼馴染』って言うんですか? 三谷君から貴方との関係は聞いてますし、ハッキリ言ってくれて良いですよ」
回りくどいの嫌いなんで。
真っ直ぐ虎君を見据える姫神君の物怖じしない態度は男らしいと思う。けど、きっと姫神君はそんなつもりないだろうけど、人によっては喧嘩腰と受け取られかねない態度だとも思った。
僕は虎君が姫神君に嫌な感情を覚えないか少し不安になる。もし姫神君のことを苦手な相手と認識されてしまったら悲しいから……。
「ははは。いいね、その性格」
「それはどーも」
「お言葉に甘えてハッキリ言わせてもらうけど、葵は俺の可愛い恋人だから『友達』以上のちょっかいはかけないでくれよ? 俺も葵の大事な友達をこれ以上敵視したくないから」
朗らかな声で笑いながら僕の肩を抱き寄せる虎君。ちゃんと『恋人』と言ってくれたことが嬉しくて、今更ながらドキドキしちゃう。
姫神君は「心配しなくても三谷君は友達ですから」とため息交じりの声を返す。人目も憚らず虎君に甘える僕に呆れているのかもしれない。
(ダメだって分かってるけど、でも、でも……)
友達の前だし、離れた方が良いって分かってる。でも、僕はどうしても虎君から離れることができない。
「あーあ。折角出た芽を摘まれたな、姫神」
「適当言うな」
「適当じゃないと思うけどなぁ?」
「それは藤原の勘違いだ」
楽し気な慶史と不機嫌な姫神君。二人のやり取りに虎君の肩がピクッと動いた気がした僕は、虎君を見上げる。どうしたの? と。
僕の顔にできる影。虎君の顔が近づいたせいだと気づくよりも先にびっくりしすぎて迫る虎君の顔にストップをかけるように手で押し返してしまった。
「……なんで嫌がるんだよ?」
「ち、ちがっ、だって虎君、今何しようとしたのっ?」
「キスしようとしただけだけど?」
「! ひ、人前だよ!?」
「葵が気にしてるのは『人前』だからじゃなくて『友達』の前だからだろ?」
今までも人前でもキスしてるよな?
慌てる僕に虎君はムッとした様子。眉を顰める虎君は上体を起こすと不機嫌な面持ちでそっぽを向いて……。明らかに拗ねていると言いたげなその態度に、僕はオロオロしてしまう。
僕だって虎君とキスしたい。でも、友達というか慶史の前でキスなんてしたら、一カ月はオモチャにされそうなんだもん。
「俺等を牽制したいのは分かりますけど、正門前で盛るとか止めてもらえません?」
「可愛い恋人にキスしたいと思って何が悪い」
「その『可愛い恋人』は泣きそうな顔してますけど? そういう独り善がりな考えはどうなんですかね?」
顔は笑顔でも言葉は刺々しい慶史。
そのあからさまな挑発に虎君もカチンときただろう。でも虎君は怒りを堪えるように深く息を吐くと僕の肩から手を放し、「……ごめんな?」と無理強いしたことを謝ってきた。
「見せつけるためにキスしようとした。本当にごめん」
「虎君……。ううん。僕も、ごめんね? 突然でビックリしただけで、虎君とキスしたくないわけじゃないからね……?」
「葵……。ああ、分かってる……」
放された手が恋しくて抱きつけば、虎君は僕をちゃんと抱き締めてくれる。
優しく包み込んでくれる腕の中は本当に安心できて、自然と安堵の息が漏れてしまう。
「ご愁傷様」
「何が『ご愁傷様』だ。変な勘違いするな」
「『勘違い』って何? 俺は、『初対面でこんなの見せつけられて可哀想』って意味で言ったんだけど?」
「ああ言えばこう言う奴だな。お前」
「慶史君に口で勝つのはテストで満点取るより難しいから気にしちゃダメだよ、姫神君」
「深町……。確かに受験より難しそうだな」
「でしょ?」
「酷い言われようで俺カワイソー」
虎君に甘えながらも三人のやり取りを聞いていた僕だけど、ふと一人足りないことに気づく。いつもなら我先にと会話に入るだろう悠栖の声が聞こえないのだ。
(? 帰っちゃったのかな……?)
虎君に挨拶すると言っていたのに、悠栖らしくない。
そんなことを思いながら虎君の胸から顔を上げたら、じゃれる三人の少し後ろでジッとこちらを見て佇んでる悠栖の姿が目に入った。
「悠栖?」
表情はどこか驚いたようなままの悠栖は、まるで悠栖の周りだけ時間が止まってしまったように微動だにせず、ただ黙ってこちらを見ていた。
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