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初めての人 第12話

「もうすぐホームルーム始まるから大人しくしとけ」 「はいはい。お前は二学期早々真面目だよな」 「俺が真面目なんじゃなくて、お前が不真面目なんだよ」  肩を竦ませる慶史は那鳥君の言葉に大人しく前を向くと机に突っ伏すように寝そべった。その態度に那鳥君は溜め息を漏らして、さっきよりももっと呆れていることは明白だった。  慶史と同じように、いや、それ以上に騒いでいた僕は身を縮ませて注意してくれた那鳥君に謝ると、言葉を止めてくれてありがとうとお礼を伝えた。  自分が大声で何を言おうとしていたか改めて思い返すと、顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。 「何かあったのか? 慶史と同レベルで下ネタとか、葵らしくない」 「ちょっと。聞こえてるんだけど」 「悩み事とかあるなら言えよ? あ、今じゃなくて、始業式が終わってからな?」 「う、うん。ありがとう、那鳥君」  流れるようにディするのやめてれない?  そう言って不満の声をあげている慶史を無視して僕のことを気にかけてくれている那鳥君。僕を信頼してくれているその眼差しは真っ直ぐで、その信頼がとても後ろめたかった。  どう反応していいか分からず、とりあえず空笑いを浮かべてみれば何か言いたそうな表情が返ってくる。でも那鳥君は追及するような言葉は口にはせず、「後でな」と言葉を残して自分の席に戻って行った。 (誤魔化せては、ないよね……)  突き刺さる視線は慶史のもの。僕は溜め息を吐いて隣へと視線を移し「ごめんってば」と、そんな恨めしそうな顔をしないでと苦笑いを浮かべた。 「なんで謝るの。那鳥が葵に懐いてることなんて前から知ってるよ」 「だって僕のせいで誤解されたから……」 「いや、別に誤解されてないし。葵は難しく考えすぎだよ」  それに睨んでたわけじゃないからね。  そう言って苦笑を漏らす慶史。ならさっきの視線はどういう意味なんだと僕が聞こうとしたその時、教室のドアが開く音が耳に届いた。  教室に入ってくるのは綺麗に日焼けした担任の小林先生で、先生は夏休み明けとは思えないテンションの高さでホームルームを進めてゆく。  休み明けでテンションの低かったクラスの皆は先生のそれについていけない様子。僕もはつらつとしたその声に少し疲れてしまった。 「何あのテンション。マジでウザすぎなんだけど」 「本当、凄く声も大きかったよね……。僕もびっくりしちゃった……」  ホームルームが終われば始業式のために体育館に移動を開始する。  クラスメイトが続々と教室を後にする中、机に突っ伏したままの慶史は「サボりたい……」と小さな声を漏らして動こうとしなかった。  ホームルームが始まる前とは正反対のその様子に、僕は「気持ちは分かるけどサボるのはダメだよ」と早く移動しようと声を掛けた。 「無理。小林のテンションにやられて俺のHPはゼロになりました」 「そんなこと言わないで。ほら、早く」 「むーりー」  立ち上がってと腕を引っ張るも慶史は頑なに机から離れようとしなくて困った。  するとそんな僕達を見兼ねてか「体育館に行くぞ」と声がかかった。那鳥君だ。  僕は那鳥君に手伝ってもらおうと振り返る。すると、目に飛び込んでくるのは那鳥君、ではなくて、眠そうな顔で朋喜に寄りかかる悠栖の姿。  閉じてしまった瞼は開く気配はなく、立ったまま寝てるとさえ思えた。  僕は思わず「どうしたの?」と尋ねてしまう。直後、那鳥君から注意が飛んできた。 「あ、バカ。聞くな」 「え?」 「いやぁ……、実は昨日盛り上がり過ぎてさぁ……」  目を閉じたまま朋喜におぶってと甘える悠栖。そんな悠栖に朋喜は抵抗しつくして疲れ果てているようで、無反応の上、無表情、無言で怖かった。  僕は朋喜の様子を気にしながらも悠栖の言葉に首を傾げた。盛り上がったって何に? と。  その質問が自ら地雷を踏みに行くことになったと気づいたのは、悠栖の返答を聞いた後だった。 「また遅くまでサッカーの試合でも見てたの?」 「んー……、途中まではそうだったんだけどさ……、夏休み最後ってこともあって、そのまま、な……。マモも分かるだろ?」 「? 何が?」 「『何が』って、だから、学校が始まったら休みの時みたいにはいかねーじゃん? 俺等は寮生だし、イチャイチャする場所探すのも大変なんだよ。だからつい、昨日は明け方までヤリまくっちゃって」  だから圧倒的睡眠不足なんだよ。  そう言って眠いと朋喜の肩に項垂れる悠栖。僕は途中まで全然何のことか分からず目を瞬かせていたんだけど、悠栖が最後に放った言葉に漸く何の話をしていたか理解できた。  理解して、顔が一瞬で熱くなって俯いてしまう僕。 (確かに慶史から悠栖が汐君とエッチしたから覚悟しといてってメッセージ貰ったけど、あれってこういう事だったの? ていうか、面と向かってそんな報告しないでよ!!)  前もって慶史が教えてくれたおかげで先を越されたショックは随分軽減された。でも、ショックが軽減された分、よく知る友人のそういう話に恥ずかしさは倍増されてしまった。  悠栖のことはもちろんよく知っているし、汐君とも最近話すようになっていたから顔見知り程度、と言うわけじゃない。  おかげで脳内では二人が仲良く過ごしている様子が勝手に再生されてしまった。 (想像が妙にリアルで凄くヤダっ!!)  僕自身、大好きな人と愛し合うために甘い時間を何度も過ごしていた。だから、頭に浮かんだシーンはこれまでにないほど生々しくて羞恥のあまり目が回りそうだった。

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