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初めての人 第13話
「本当、もう喋らないで。殴りたくなる」
恥ずかしいやらなんやらで俯き黙り込む僕の代わりに悠栖の口を塞ぐのは朋喜だ。
怒りを秘めながらも冷静な声に威圧感を感じて顔を上げれば、表情のない人形みたいな顔をした朋喜を見ることができた。
いつもニコニコしてる朋喜がこんな顔するなんて、正直幻でも見ているかと思ってしまう。
「殴ればいいじゃん。俺なら殴る。てか、むしろ殴らない理由がないよな?」
「そうだな。朋喜には同情しかないわ。俺も」
怒りのあまり表情を失ってしまった朋喜の肩を持つのは慶史と那鳥君で、綺麗な笑顔で握り拳を振りかざす慶史は「歯、食いしばっといた方がいいよ」と物騒なことを口にするし、いつもなら『やり過ぎだ』と仲裁する那鳥君も思い切りやってやれと煽る始末。
どうやら悠栖に腹を立てているのは朋喜だけじゃないみたいだ。
「え。なんでそんなキレてんの?」
「それ本気で言ってるのか? 心当たりが微塵も無いって?」
「えー……? んー……、朋喜は、あれだよな? 昨日、俺らがアレしてて部屋から追い出したから、だよな……?」
違う? とお伺いを立てるように尋ねる悠栖だけど、僕はその言動はいただけないと思ってしまった。だって、全然悪いと思ってないんだもん。
一応『ごめん』とは謝ってるものの、言葉の重みは全く感じられない。そしてそう感じたのは僕だけじゃなくて、無表情だった朋喜の眉がぴくっとつり上がった。
(あ、これ、まずいかも)
危険を察知した僕は無意識に一歩後ろに下がり、二人から距離を取る。
そして次の瞬間、あのほわほわして天使のように優しい朋喜の顔が恐ろしい鬼のような形相に変わった。
「何が『昨日』だ! こっちはもう4日もまともに部屋に帰れてない!! 日にちもまともに数えられない下半身脳の色狂い低能サル2匹のせいでな!!」
未だかつてこんな風に声を荒げた朋喜を見たことがあっただろうか。しかも言葉遣いも乱暴で、怒り狂ってると形容するのがピッタリだと思ってしまった。
「その4日のうち昨日と一昨日の2日間は俺の部屋に泊めてやったんだよね。どっちも『約束』があったのに。ああ、そう言えば今度そのドタキャンの埋め合わせに無茶な『オプション』をつけなくちゃならなくなったんだよね。この落とし前はどうつけてくれるのかな? 悠栖君は」
「俺の部屋にいたのは慶史に厄介になる前の2日だったな。本当、流石にハメ外し過ぎだろ。悠栖も唯哉も」
怒りに我を忘れている朋喜には詰め寄られ、高圧的な笑みを浮かべた慶史からは不利益を被った代償を求められ、更に、予想以上に酷いと引いている那鳥君からの注意がとんで、悠栖は身体をふらつかせながらも三人から逃げるように後退る。
ごめんとたじろぎながらも謝っているものの、そんな悠栖の謝罪の言葉も朋喜には届くことは無かった。
朋喜は後退る悠栖との距離を詰めると胸元を締め上げ、「今度部屋で盛ったら全世界にお前らのハメ撮り動画を配信するからな!!」なんて脅迫しだした。
流石にそれはやり過ぎだと思った僕は怒り狂う朋喜を止めるようにその背中にしがみつき、ちょっと冷静になろう!? と必死に宥めた。
背後では慶史が「止めなくていいよ」とか煽る言葉をかけてきたけど、冗談でも言っていい事と悪い事があると僕は声を荒げ、冷静になって話し合おうと提案した。
「いや、冷静じゃないのは悠栖だろ。四六時中周りの迷惑考えずに盛ってそこら中でセックス三昧とかマジ動物以下」
「本当にそうだよ! 慶史君と僕もまるっきり同意見!!」
「うぅ……、マジでごめんって……」
「部屋に戻って生臭い空気を吸い込んだ時、僕がどんな気持ちだったか分かる? ゴミ箱からはみ出た使用済みコンドームの残骸を見つけた時の僕の気持ちは考えたことある!?」
軽く発狂しそうになったと言う朋喜の言葉に、朋喜を宥めていた僕も思わず同情してしまう。流石にあり得ない失態の数々にデリカシーの欠片もないと思ってしまうのは仕方ない。
「あと、盛るならせめて部屋の奥まで耐えろ。入り口で盛るとかマジ勘弁。お前の喘ぎ声聞いて発情した男子高生の相手をぶっ続けでさせられるとか俺も流石に疲れる」
「! 本当、悪い……」
「オイ慶史。お前さ、その商売を止めろとはもう言わないけど、流石に相手は選べ。この前先輩達に迷惑かけたの忘れたわけじゃないだろ?」
「はいはい、ちゃんと分かってるよ。あいつらにはあの後ちゃんと念書書かせたからああいう面倒はもうないよ。たぶん」
「お前なぁ……」
背後で交わされる会話に、僕は思わず朋喜から手を放し振り返る。何があったの? と。
すると慶史は笑顔でちょっとしたトラブルがあっただけだと説明してくれる。でも、余計なことを言うなと言わんばかりに僕に見えないよう那鳥君を殴っているからその言葉が嘘だと分かった。
「慶史」
「……那鳥、後で面貸せよ」
「! 慶史!!」
「聞こえてるからそんなに怒鳴らないでよ。ちゃんと説明するから」
苦笑を漏らす慶史に、心臓が痛くなる。
その話は聞きたくないと僕の心は叫んでる。でも、慶史は僕の親友だから、どんなに怖くても知らなくてはダメだとその警鐘を無視した。
恐怖に耐え、慶史を見つめる僕。その視線を受け止める慶史は悲し気な笑い顔を浮かべていた。
でもすぐにその表情が柔らかなものに変わった。それに反射的に感じたのは安堵で、『聞きたくない話を聞かず済む』という安心感だ。
「慶史……?」
「言ったでしょ。ちゃんと説明するって。……でも、とりあえず今は移動しない? 教室に残ってるの、もう俺達だけだよ」
「で、でも……」
「流石に始業式をサボるのはダメなんでしょ? ほら、行くよ」
苦笑交じりに、放課後にちゃんと話すからって約束をくれる慶史。
でも、その約束は嘘だ。きっと放課後までどうやって誤魔化すか考えるつもりなんだろう。僕が納得できる話を少しの真実を織り交ぜて作り上げるつもりなんだろう……。
慶史の嘘は、分かりにくい。でも、この嘘はとても分かり易かった。だから嫌でも伝わってしまった。
『お願いだからこれ以上踏み込まないで』
それが慶史からのメッセージ……。
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