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初めての人 第37話
「そういうこと。しかも千早君ってかなりのブラコンなんだよねぇ」
「今の話を聞いたらそれは何となく察した。でもその弟だけじゃなくてちー先輩もブラコンぽいよな?」
自分の知っている人物像と多少の乖離はあれど納得できる範囲だと頷く悠栖に、慶史はちーちゃんを『ブラコン』というならばはーちゃんは『モンペ』だと鼻で笑った。
その言葉に僕は『モンペ』だなんてひどい! とはーちゃんを擁護しようと思ったんだけど、はーちゃんを思い出したら確かにそうかもしれないと妙な納得をしてしまって何も言えなかった。
「千早君は千景君が本当に大好きなんだよね。多分千景君が思ってる以上に。これは俺の想像だけど、千早君は千景君の編入を賛成してなかっただろうし、入寮なんて絶対反対したと思う」
「それは千景先輩のことが心配だから? でもそもそも千景先輩が人嫌いになった理由って弟さんとのことをからかわれるからだよね? 別々に生活していた方が人嫌いに拍車がかかることはないだろうし、今の方が良いんじゃないの?」
二人が一緒にいるから下世話な話題で傷つける言葉を投げかけられるだけだろうし……。
そう言いながら、「『心配だから離れたくない』は矛盾してない?」と慶史に尋ねるのは朋喜だ。
「俺は『心配だから』なんて一言も言ってないけど?」
「え? でも―――」
「『心配だから』って言ったのは朋喜自身で、俺は『千早君が千景君を大好き』としか言ってない」
指摘されて気付いたのか、朋喜は「確かにそうだね」と苦笑い。兄弟が大切だから心配するという流れが自然だからそう思い込んでいた。と。
慶史はその言葉に肩を竦ませ、「言ったでしょ?」と三回目となる言葉を口にした。
「千早君は千景君が本当に大好きなんだよ。二人一緒にいることが当然だと思っている節があるし。まさに一心同体レベルだよ。……そうだよね?」
「えぇ……僕に振らないでよ……」
「従兄弟としての意見を聞いてるだけだからそんな構えないでよ」
もう苛めないから。って言うけど、絶対に『今は』って付くよね?
僕は意地悪な慶史にちょっぴり警戒しながらも、さっき慶史が言った『はーちゃんが激怒する』理由はそういうことかと理解できたことを伝えた。
「つまりどういうことだ?」
「慶史は、『ちーちゃんの世界が広がることをはーちゃんが嫌がってる』って言いたいんだよね?」
「そういうこと」
「え。マジでなんでそういう解釈になるわけ? ちー先輩が楽しそうにしてるならそれでいいって思うもんじゃねーの?」
理解できないと顔を顰める悠栖と、悠栖に完全同意だと頷く朋喜。ずっと孤独だった兄弟に親友ができた。それは喜びこそすれ怒りを抱くなんてありえないことだろう。と。
僕は二人の言い分も分かると苦笑いを返すしかできない。
「……その『はーちゃん』って人、ちー先輩のこと、そういう意味で好きってことか?」
「そこまでではないけど、近い感情だとは思ってるかな。俺は」
ありえないとは思うけど。そう前置きして確認してくるのは那鳥君。慶史はそれに少し困ったように話ありながら否定じゃなく肯定を返した。
そして、4人の視線は何故か僕に集まる。『そうだよね?』と同意を求める慶史と、『嘘だよな?』と否定を求める3人の視線に僕は小さく息を吐いて「恋愛感情じゃないけど、特別だとは思うよ」と全員に対して肯定であり否定を返した。
「ちーちゃんってかなり無茶苦茶だし警戒心も凄くてまるで野生動物みたいだって思うけど、心を許した相手にはよほどのことがない限り裏切ったり見捨てたりしない性格なんだよね」
だからそんなちーちゃんをはーちゃんはずっと守っていた。もう2度とちーちゃんが信じていた人に裏切られたと泣かないように。
頑なに友人を作ろうとしないちーちゃんに周囲は何度も友人を作るよう勧めた。ちーちゃんのお父さんとお母さんはもちろん、僕の父さんと母さんも姉さんと茂斗も殻に閉じ籠っているだけじゃダメだとちーちゃんを気にかけていた。もちろん、僕だってちーちゃんに友達を作るよう勧めた一人だ。
でもちーちゃんは僕達の言葉を聞き入れようとせず、逆に人を遠ざけた。それはちーちゃんの一番の味方であるはーちゃんがみんなと逆の意見だったから。自分や家族が要るんだから無理に友人を作る必要はない。と。
僕達はちーちゃんがクラスメイトに暴力を振るった時に傍にいたわけじゃない。だから、当時ちーちゃんがどれほど周囲から傷つけられたのか、はっきりとは知らない。知っているのははーちゃんだけ……。
そのはーちゃんがちーちゃんに友人を作らなくて良いと言うから、その言葉に従って他人を遠ざけ続けたちーちゃん。
あの時、二人はどれほど傷ついたのだろう……? 当時の二人の気持ちを想像するだけで胸が痛くなった。
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