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my treasure 第7話
「クソっ、知られたらどうなるか分かってたけどやっぱりこうなった」
分かっていたからできれば知られたくなかった。だが自分の羞恥よりも葵の体調の方が大切だから知られてもいいとは思っていた。
しかし、そうは言ってもやはり面と向かって揶揄われると腹立たしさを覚えてしまうというものだ。
(そもそも童貞をネタに揶揄うのはマジで止めて欲しい。葵以外に勃たないしそもそも反応すらしないんだから)
頻繁に告白される自分に下世話な友人達はこぞって気持ちが伴わなくともヤるだけヤってみればいいとか言っていたが、虎はそんな友人達に何故好きでもない相手に欲情できるのかと疑問しか持てなかった。
思春期真っ只中だった中高生の頃はグラビア雑誌やAVを勧められたりしたが、それらを見ても興奮もしなけば劣情を持つこともなかった。
それどころか、脳内でよがる女優の姿を葵に置き換えれば引くぐらい興奮して自分は葵以外愛せないという決定打になったぐらいだ。
葵だけが愛しくて、葵だけに欲情した。
だから永遠に童貞でも仕方ないと納得していたから、周囲が『イケメンのくせに童貞とかありえない』と言ってきても雑音として受け流してきていた。
しかし葵と恋人になってからはその雑音が今まで以上に鬱陶しくて仕方なかった。葵を大切にしたいから欲を必死に抑える虎の努力を無視して囃し立てる周囲に正直殺意すら覚えていた。
20歳を過ぎて童貞であることがそんなに悪い事なのかと親友に八つ当たりしたこともあった。
(海音達も同じことで騒ぎそうだ……)
先程斗弛弥からもらった祝福という名の揶揄い。それをきっと親友達からも貰うだろう。
虎は頭を抱え、真顔に戻るともしそうなったら殴って黙らそうと決意する。とその時、スマホにメッセージが届いたと知らせる通知音が耳に届いた。
斗弛弥のこともありあまりいい予感はしないが、気付いたからには確認しないと気持ちが悪い。
両親からの揶揄いメッセージであれば潔く無視しようと思いながらメッセージを確認すれば桔梗からで気が抜けた思いだ。
(『チズルのチーズケーキ買ってこい』か。こいつもこいつでめんどくせぇ……)
ご機嫌取りの催促にげんなりする。
愛している人と愛し合っただけで何も悪いことなどしていない。それなのに何故こうも外野が騒ぐのか。
(いや、合意の上と言えど『未成年に手を出した』のは確かに俺だけどな……)
お互いが望んで愛し合ったと主張したところで、見る人が見れば虎は立派な犯罪者だろう。
勿論、自分達の家族や友人達はそんな風に思わないと分かっているが、世間の目というのはそういうものだと理解している。
そして周囲が好意的であるが故に敢えて桔梗が世間側に立って口を挟んで居るということも分かっている。
そう。ちゃんと分かっているのだが、物事にはタイミングというものがあって、今の虎には『お節介なヤツ』と受け流す余裕は無かった。
考え無しに『自分で買いに行け』と返信してやろうとメッセージを入力する虎。
後は送信するだけとなったその時、ディスプレイの上部に新着メッセージの通知が表示された。
それまで顰め面だった虎だが、一転して優しい笑みが零れる。理由など聞く方が野暮というものだろう。
(俺も寂しいよ)
桔梗への返信は後回し。
届いたメッセージををタップして開けば、『もう寂しくなっちゃった』というメッセージとしょんぼり顔の熊のスタンプが。
おそらくホームルーム中に教師の目を盗んで送ってきているのだろう恋人に頬を緩ませる虎は、『俺も』と短い言葉で返信する。すると直ぐに既読マークがついて、『あいたい』と可愛いメッセージが返ってくる。
(そんな可愛い事言われたら、攫いに行きたくなるだろ?)
できることなら今すぐ葵を連れ戻しに行きたい。
勿論それをすれば自分は本当に犯罪者になってしまうから我慢するが、葵がそれでもいいと言ってくれるのならば喜んで罪人になれるだろう。
(『愛してる』って感情には底がないのか)
昨日よりも、今朝よりも、ずっとずっと葵が愛おしい。そして今この瞬間よりも明日の方が葵を愛しているだろう。
ただでさえ愛が重い自覚がある虎は、加速度的に募る自身の想いが葵にバレて怖がられてしまわないか心配になる。
いや、きっと葵は深く愛されていると喜ぶだろう。
しかし虎は己の想いの異常性を理解しているから、この狂愛で葵を壊してしまわぬよう愛さなければと自戒するのだ。
逢いたいと恋しがってくれる愛しい人に、本心を隠して『授業が終わったら直ぐに帰ってきて』と願いだけを返信する虎はスマホを握りしめたまま愛車に突っ伏した。
(たった6時間が長すぎる)
葵が傍に居れば1日があっという間に過ぎてしまうのに、葵が傍に居ない1時間は恐ろしく長くて気が狂いそうだ。
大学の講義があれば少しは気が紛れるだろうに、生憎と夏休み期間中。高校の授業が終わるまでの時間をどうやって過ごそうかと考えため息が零れてしまう。
(バイトも辞めてるしなぁ……)
考えることを、動くことを強制されないとダメになるとは思わなかったから、バイトを辞めたのは早計だったかと少し後悔する。
続けていたところで葵との時間が少なくなるのは耐えられないと直ぐにこの結論になっただろうが、今この瞬間はバイトで時間を潰したかった。
「仕方ないから桔梗の相手しとくか」
小言を聞かされるのは鬱陶しいが、一人で待つよりも気は紛れるだろう。
そんな打算を働かせた虎は時間を確認する。桔梗のリクエストである『チズル』のオープンまではまだ大分時間があるから、葵を迎えに行った帰りでいいだろう。
そうと決まれば永遠にも感じられる6時間が少しでも早く過ぎるよう愛車へと乗りこんだ。
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