525 / 551
my treasure 第8話
今は一人暮らしをしているとはいえ十数年暮らしていた三谷の家は虎にとって第二の実家と言っても過言ではない。そして両親の親友であり第二の両親でもある茂と樹里斗は、家を出た彼にいつでも戻ってきていいと家のセキュリティーキーを渡していた。
虎がそれを使って敷地内に入れば、普段は見ることのない姿が目に入った。
(ミヤさんとロクさん、それにイチさんまでいる。何かあったのか?)
玄関前に立っているのは3人の男性。黒いスーツに身を包んだ彼らは服を着ていても体格の良さが伝わり、緊張感を覚えるその立ち姿からはとても堅気とは思えない雰囲気が漂っている。
彼らは三谷に仕える専属のボディーガードであり、陽琥の同僚だ。
ボディーガードとして表立って動いているのは陽琥1人だが、他にも十数人、彼らのように陰から三谷を守っている者がいる。彼らは三谷の関係者だと知られないよう努めており、家人ですら全員を把握していないかもしれない。
そして虎の表情が不意に緩むのは、驚いてあたふたしている葵の姿を思い出したから。
葵は最近まで自分達を守ってくれているボディーガードは陽琥一人だと本気で信じていた。ひょんなことでそれが誤りであり、実は何人もの人達の手で自分達の安全が成り立っていたと知ったからそれはそれは赤くなったり青くなったりと大忙しだったものだ。
(薄々気づいてなさそうだなとは思っていたけど、あの時の葵も可愛かったな)
自分の能天気さが嫌になると両手で頬を隠して恥ずかしがった姿は勿論、危険を顧みず守ってくれている人達になんて失礼なことをしていたんだと顔面蒼白になる姿も可愛くて愛おしくて堪らなかった。
(でも、その後のあれはなぁ……)
過去を回想して頬を緩ませていた虎だが、何を思い出したのか真顔に戻り、その眉間には皺が刻まれていた。
愛しい恋人を想っていたはずなのに、何故こんな顰め面になってしまったのか?
それは相も変らぬ重い愛のせいだ。
「この時間に顔を出すなんて珍しいな。何かあったのか?」
「! 驚かさないでくださいよ、モモさん」
「『驚かさないでください』だ? 何気の抜けたこと言ってやがるんだこのクソガキは」
ガレージに愛車を停め降りればすぐ背後から聞こえる声に驚くなという方が無茶な話だ。
しかし虎が苦笑を漏らすとほぼ同時に『モモ』という先の3人と同じく黒服の男性に羽交い絞めにされてしまった。
「ちょ、入ってる! 入ってます!!」
「喋れてるから大丈夫だ」
首に食い込む太い腕をバシバシと叩いて訴えるも、聞き入れてもらえない。弛んだ餓鬼には喝が必要だろうが! と。
三谷の安全を守るボディーガードの面々とは全員面識があるが、ほとんどの人が物静かでとても落ち着いている。
だが偶に『モモ』のように破天荒な人もいて、彼のような人に会う度『よくボディーガードが務まるな……』と内心思ってしまう虎。
もちろん思うだけで口には出さないが『モモ』にはあっけなく見破られてしまった。そこは流石一流というべきだろうが、そのせいでこうやって玩具にされているのだから厄介な事に変わりない。
「何を遊んでるんだ、モモ」
「! すんません、ミヤさん。こいつ見るとつい」
「『つい』で殺そうとしないでください……」
聞こえた低い声に呼吸をせき止めていた圧がふっと無くなり一気に空気が肺に流れ込んできて咽そうになった。
首を擦りながら恨めし気に隣に立つ男を見れば力任せに頭を撫でられ実に鬱陶しい。
(くっそ、いつかぜってぇ勝ってやる)
らしくもなくされるがままの虎。内に秘められた闘志から、どうやらモモは虎以上の手練れのようだ。
「休憩は終わりだ。戻るぞ」
「了解」
わざと大きなため息を吐いて見せるミヤ。しかしモモは悪びれた様子もなく意気揚々と笑って虎を解放した。
「ミヤさん、何かあったんですか?」
「ただの定例ミーティングだ。それより虎こそどうしたんだ? 葵さんの姿が見えないが」
「葵は学校ですよ。今日はまだ木曜ですから」
基本休みなしの仕事だから曜日感覚がなくなるのも無理はない。
だから虎はミヤへのフォローのつもりで「昨日始業式だったんですよ」と一昨日までは夏休みだったから誤解しても無理ないですがと言葉を続けた。
だがミヤは虎の言葉に珍しく少し驚いた表情を見せ、かと思えばこれまた珍しいことに優しい笑みを浮かべ「そうか」と肩を叩かれた。
「まぁ、焦ることじゃないしな」
「? 何がですか?」
まるで励ますようなミヤの振る舞い。何に対する言葉なのだろうと頭の中で一通り思考を巡らせるも、答えは得られない。
口に出して質問してみるも、ミヤから返ってくるのは「気にするな」という言葉だけ。
追及しようにも仕事に戻ると言われてしまえばそれも叶わず、もやっとしてしまうのは仕方ないだろう。
「相変わらず良く分からない人だな……」
モモ程分かり易くなって欲しいとは思わないが、せめて会話のキャッチボールが円滑にできるぐらいの分かり易さは欲しいと思ってしまう虎。
消化不良気味なモヤモヤを抱えながらも玄関へと向かえば、先程ドアの前に立っていた他の二人の姿は無くなっていた。
ミヤの言葉を疑うわけではないが、どうやら本当にただのミーティングだったようだと安堵するのは、他でもなく葵が過ごす空間が安全だと分かったからだ。
ともだちにシェアしよう!