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my treasure 第15話

「でも、葵に何かあったら何するか分からないじゃない」 「それは否定しない」  ジトっと恨めしそうな眼差しを向けてくる桔梗に虎は苦笑が堪えない。  葵を悲しませないために誰かを傷つける真似はしないと言い切った手前否定するのは躊躇われたが、嘘を吐いたところですぐにばれると判断した虎は多少濁しながらも限りなく肯定に近い言葉を口にする。  葵を傷つける者が居れば、たとえ葵がそれを望まなくともおそらく自分は行動に移すだろう。  事実、家事代行サービスで住み込みで働いていた西に対しては茂の進言もあり堪えることができたが、同級生からの暴力にはきっちりと制裁を加えさせてもらったから。  葵には『話をした』とかなり大雑把な説明をしたため、実際何があったかは伝わっていない。いや、噂話程度には誰かから聞いているかもしれないが、実際虎が何をしたかは明確には分かっていないはずだ。  虎は当時を回想し、もしも自分が何をしたか知れば葵はきっとそんな自分を責めるだろうなと物憂げな表情を浮かべた。 「今の今で肯定しないでよ」 「こればっかりは仕方ないだろうが。……茂さん、そんな目で見ないでください。茂さんが言ってた話を理解していないわけじゃないんで」 「理解してなお、か。全く、困った息子だな」 「すみません」  苦笑を漏らす茂に同じ笑みを返す虎。茂の後ろでは樹里斗からも同じ表情を向けられており、申し訳なさのあまり居心地の悪さを感じてしまった。  重苦しい空気にどうしたものかと困り果てる虎。するとそんな空気を一変させるのは先程まで我関せずで仕事をしていた陽琥の声だった。 「先輩、お話し中すみません。桔梗に来客です」 「え? 私に?」  家族間で真面目な話をしているところに割り込むことを詫びながら声をかける彼に反応を返すのは声をかけられた茂本人ではなく桔梗だ。  驚いたようなその表情から来客の予定は無かったと伺える。本来なら想定外の来客に多少なりとも陽琥が警戒を露わにするはずだが、その素振りは全く見えず、虎は嫌な予感を覚えた。  それは何故なら、ボディーガードが警戒しないアポなしの訪問者が限られているからだ。 (『桔梗に』ってことは十中八九――――) 「お邪魔します!」 「え? 海音君?」 「やっぱり……」  リビングにまで聞こえる元気な声に驚く桔梗と脱力する虎。  先程までのシリアスな空気から一転、和やかな雰囲気に変わったことは実に喜ばしい。だが、虎は何故海音が訪問してきたかなんとなく察してしまったから頭が痛くなる。 「相変わらず元気だな」 「確かに長い付き合いだけど海音が落ち込んでる所は見たいことないかも?」 「母親に似て底抜けにポジティブだからだろうな」 「心寧さんは太陽みたいな人だからね」  樹里斗の言葉に物は言いようだと笑う茂は海音の母を『シリアスクラッシャー』と呼び、虎はそれに内心激しく同意してしまう。いや、もちろん海音の母をそう思っているわけではなく、海音をそう思っているだけだ。  今から急激に騒がしくなる空気の温度差に耐えられるかと頭を抱えていれば、リビングのドアが開くと同時に「こんちわ!」と煩いぐらいに元気のよい声が空間に響いた。  それがいつもよりも大きな声だったため、先程のシリアスな空気から上手く切り替えられていないだろう桔梗が珍しく戸惑いながらも「朝から元気だね、海音君」と訪問者を出迎えた。 「おはよう、桔梗! そりゃ最高の朝だからな! なんかこう、気持ちがつい前のめりになっちまって落ち着かなくてさ!」 「そ、そうみたいね。凄く楽しそうで何よりだわ」 「おいおい、なんでそんな元気ないんだよ? 桔梗だって最高の朝だろ? もっとテンション上げて行こうぜ!」  勢いに気圧されているというよりは若干引き気味の桔梗の肩を叩き、無駄に爽やかな笑顔を見せる海音。  虎はその無駄に元気な姿にますます嫌な予感が募った。 「ご機嫌なのはわかったけど、ちょっとうざいよ、海音君」 「ああ、ごめんごめん。肩痛かったか? テンション上がって力加減間違えちまったな」 「それもだけど、満面の笑みで気持ち悪い」  5割増しのテンションで絡まないで。  そう言ってため息を吐く桔梗は何がそんなに嬉しいのかと尋ねてしまう。聞いたが最後、もっと鬱陶しいことになるだろうに。  しかしだからと言って聞かなければこのままずっと『聞いてくれ』と絡まれかねない。  どちらにしても鬱陶しいのならばさっさと話を聞いて終わらせたいと思ったのだろう。  ハイテンションについていけない桔梗の呆れ顔など目に入っていないのか、海音は「そりゃ嬉しいだろ!」と意気揚々とその喜びを彼女に伝えた。それはそれは楽し気に。 「やっと親友が男になったんだ! そんなの、嬉しくないわけないだろ!」  よくぞ聞いてくれた! と言わんばかりに喜びを語る海音に悪意はない。いや、むしろ純粋に祝福しているということは分かる。嫌というほど。  だが、桔梗がそれを分かち合えるかと言われれば勿論答えは『ノー』だろう。  何故なら当の本人が後ろで鬼の形相をしているだろうことが容易に想像できたから。 「海音君、命が惜しかったらそれ以上喋らない方がいいよ」  おそらく手遅れだろうが、傷は浅い方がいいだろう。そう思い助言するも背後に感じる殺気と呼ぶにふさわしい怒りに桔梗は心の中で合掌するのだった。

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