1 / 4
第1話
「結婚おめでとう」
かつて流した涙の跡を綺麗に隠して、僕は君に、精一杯のいつわりの言葉を贈る。
あの夜。
君の幸せを願うから、僕は自分の気持ちに蓋をして、友達に戻ろうと精一杯の嘘をついた。
君は僕の嘘を知りながら、友達に戻れるかなと寂しそうに笑った。
知っていたんだ。人目を気にする君の事。
知っていたんだ。子供を目で追う君の事。
今日。雪の降る冬の日に、純白のタキシードに身を包んだ君の笑顔。僕はただ、君の幸せを願うよ。
君のこれからの未来が、キラキラと綺麗なものでいっぱいでありますように。
君を愛する気持ちと同じ強さで、確かにそう願ったんだ。
君が去っていってから、灰色の冬の季節をゆっくりと過ごした。全てがスローモーションで、なかなか時間は進まない。
隣に君がいない。その単純な現実に、慣れる日なんて来なかった。
僕はそれでも笑って毎日を過ごしてみせた。強がりでも、大切な事だったから。
君に心配をかける訳にはいかないという建前と、僕の最後のプライドだった。
明るい声。何処からか、テレビ番組の桜の開花宣言が聞こえる。
薄着になった人が楽しげに歩いている人混みを、僕は俯きながら、早足に自宅へと向かった。
寒い冬より、暖かな春の方が辛かった。僕を置いて、季節だけが立ち直っていくみたいで。
人目を気にしながら行ったお花見。今年はあの桜並木に彼女と二人で行くんだろうか。そう。君は彼女となら、堂々と手を繋いで歩けるんだ。
君の大きな手は、彼女の白く華奢な手を握るのに相応しい。
僕は二人掛けソファに腰掛けると、そのままずるずると横になった。男二人がゆったり座れるソファがいいと、大きいソファを選んだ君を思い出す。
少し広めとはいえワンルームに似つかわしくない大きなソファ。
僕はソファに横になったまま、自分の骨ばった手をじっと見つめて、それからゆっくり目を閉じた。
僕は一人、君のいない春に眠る。
夢の中だけで良い。
君の優しい瞳で、僕を見て欲しい。
僕だけを見て、微笑んで欲しい。
ともだちにシェアしよう!