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第13話

 目を覚ましても世界は真っ暗なままだった。  なぜこんなに暗いのか。  高田はあたりを見回そうとして、自分が目を閉じたままであることに気がついた。  あれ、瞼って頑張って開けるものだったか?  とにかく状況を把握したい。ぐっと瞼を持ち上げてみるが、ぴくりとも動かなかった。  ひやりと背骨を冷気が這い上る。  声を出そうとしても唇も動かせない。ならばと指先に力を入れてみるが、そもそも力をどのようにいれて指を動かしていたのかがわからなかった。  そうだ。そんな事は、意識もせずにできていたのだ。  段々と冷静になってくると、じくじくと体のいたるところから疼くような痛みを感じた。耳は聞こえている事に気づく。そして周りから聞こえてくるのは、機械的な電子音だけだった。  ピッピッピッと何かを告げるように、何かを測るように音が規則正しく連続している。小さく空気を運ぶような音も聞こえる。体はピクリとも動かない。目も開けられない。これは。  これは青と一緒に訪れた病院のベッドに寝かされていた、幽霊の青年と同じ状況なのではないのか。  いつだ? いつ俺はこんな何も自分で自由にできない体になったのだ?  さっき走っていて事故にでもあったのか?  頭をかすめる嫌な予感を振り払うように、首を振ろうとしても何も動かない。  もう認めるしかない。  あれは夢だったのだ。  機械のコードで拘束されてでもいるようなあの青年は、俺だったのだ。  電子音以外は何も聞こえない病室で、高田は鈍い痛みだけを抱えてベッドに横たわっていた。瞳は閉じられたまま、まるで眠っているかのように穏やかな顔で。機械的に送り込まれる酸素を体に取り入れて。何もなさずにただそこにいた。  青は。青は俺の願望か。  犬として人間に飼われていた銀髪碧眼の少年。  どんな趣味だよ。  高田は笑ったが、どこも震えなかった。  ああ俺は、誰にも助けられることもなく、この地獄のような日々をただ生きて、そして死ぬのか。いつ訪れるか分からない死を切望しながら生きるのか。  ならあの夢は、なんて残酷なんだ。  自由に歩き、青の温もりを感じ、偽りの穏やかさで過ごしたあの時間。  あんなにも青を手放したくなかったのは、この状況を忘れたかったからなのか。それともあの青年のように、あの夢の中の俺のように、彼に殺されることを期待していたからなのか。  愛情では、なかったのか。  嗚咽が漏れる。そう思ったが、やはりどこも動きはしなかった。  諦めに似た境地にたどり着くと、高田は心の中で小さくため息をついた。  もう一度あの夢に戻れないだろうか。  その時、かたりと小さな音が聞こえた。ドアがスライドするような微かな摩擦音がする。そしてぺたぺたと足音がして、暗いままだった目の前がさらに暗くなった。 「タカ……ダ……さん……」  小さく息を吐くようなその声は青のものだった。口を寄せてでもいるように耳の側で聞こえる。もしかするとどこかに触れているのかもしれないが感じる事は出来なかった。  夢。ではないのか。  もしこれが幻聴ではなくて、本当に青のものだというのならば。  もう一度強く彼を抱きしめて、その温もりを感じたかった。  もう一度だけ、あの輝くような笑顔を見たかった。  しかし今やもう、それは叶わない。  いつまでもそばに立っているような気配を感じ、高田は不思議に思った。青が現実にいるとして、彼は何をしに来たのだろうか。その疑問に答えるように、青がふるりと声を漏らした。 「助けに来たよ」  彼の言葉とともに何かがぺたりと床に落ちる音が聞こえた。  青はまだそばにいる。おそらく手を伸ばせば届く距離に。それなのに高田は動けない。温もりを感じることができない。大きな絶望が腹の底からこみ上げる。  と、急に周りが騒がしくなった。  ただ淡々と音を奏でていた機械が、我先にと異常を周りに伝え始める。  その音を跳ねのけるように、耳元で震える声が聞こえた。 「おやすみ」  青。  青!  そのためにここに来たのだと言うのならば、そのためだけに存在していたと言うのならば、せめてもう一度。  いや。贅沢だ。  青は助けに来てくれた。それだけで十分だ。  このままあの温もりを忘れずに静かに逝こう。  とても幸せじゃないか。 「ありがとう」  心の声は誰かに届いただろうか。  ただ一筋、高田の目から涙が零れ落ちた。

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