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第12話
「ただいま」
がさりとスーパーの袋を玄関先に置いて靴を脱ぐために身をかがめる。そしてふと顔を上げた。
いつもなら静かに、しかし急いでぱたぱたと青が走り寄ってくる。それなのに、今は何の気配もなかった。
「青?」
この部屋は決して広くない。むしろ狭い。顔を上げただけで室内が一望できる。そこに青の姿がない。
高田は慌てて靴を脱ぎ捨てるとトイレと風呂場のドアを次々に開ける。
「青」
返事がない。どこにもいない。あと隠れるとすれば押し入れぐらいだ。そもそも何のために隠れると言うのか。
高田は引きつった笑いを浮かべて押し入れの襖を開けた。
そこにいると思ったのだ。いや、思いたかったのだ。
何してるんだよ青、と笑いたかった。
しかしそこには高田が持ってきたキャリーバッグだけがぽつんと置かれていた。
もう一度部屋を振り返る。隠れる場所なんてもうどこにもない。
「青」
震える声を押し出して、高田は息を大きく吐いた。
青が持ってきた大きなリュックサックがない。そこここに置いてあった青の物だけが綺麗になくなっている。
まるでもとから誰もいなかったかのように。
机の上に、なぜかパッケージに入ったままのルービックキューブが置かれていた。
開けた形跡の無いそれを手にして視線を落とす。頭がぐらぐらとして状況がよく把握できなかった。
そもそもなぜこれはこんな新品のような顔をしてここに置いてあるのだ。
高田はそれを机の上に放り投げるようにして乱暴に置くと、急いで玄関のドアに駆け寄った。靴を履くのももどかしく部屋を飛び出す。
「青!」
大声で名前を呼びながら、めちゃくちゃに走った。どこをどう曲がって、どこに行けば青がいる場所にたどり着けるのかわからない。もしかしたらそこの角を曲がると青が笑って立っているかもしれない。
小さな期待は大きな不安に押しつぶされそうになる。
高田は必死で声を張り上げてただやみくもに走る。足がもつれてよろめいて、それでも止まらずにとにかく走った。
「青……」
体が悲鳴を上げ、肩で息をしながら膝に手をついて立ち止まる。荒い息を吐き出しながら辺りを見回すがもちろん青はどこにもいない。
こうなることが怖かった。
恐れていたことが現実になった。
がくりと膝から崩れ落ちる。
顔を手で覆って小さく青の名前を呼ぶが、やはり返事はなかった。
ぐらりと視界が回る。
そして世界は暗転した。
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