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最終話
「でもあの時、間近で晴山からの視線浴びて、しかもいつもの比じゃないくらい焦げそうな熱感じたら、なんかこう…胸ん中が熱くなるみたいな。高揚感に包まれる感じ?そんなん味わって、あー、やべえってなった」
「…?」
意味が分からず軽く首を傾げれば、自然と直海くんの首元に擦り寄るような形になってしまいクスリと笑われた。その事に今度は顔も熱くなる。
「あー、やべえなあ。俺もコイツ欲しい、って」
………え?
「ハンカチ、泣いたらすぐ拭けるようにってのは本心だけど、捨てていいって言ったのは嘘。ずっと持ってて、それ見る度に俺の事思い出せばいいって邪念ありまくりであげた。もしかしたら、返しに来てまたあの目が近くで向けられるかもしんないとも思った」
でも、と続けた直海くんは、僕を抱きしめ直すと優しく頭を撫で始めた。
「晴山にずっと見ていて欲しくて会長になったのに、忙しさにかまけて……いつの間にか晴山からの視線、感じなくなってた。気付いた時はすっげえショックで、飽きられたーって地面にめり込むくらい落ち込んだ。そしたらさ、神様がくれた最後のチャンスか!?ってタイミングで前後の席なって。もしこれで晴山から見てもらえなかったら諦めようって思ってた」
そこまで言って少し離れた直海くんは、僕の顎に手を掛けると視線を合わせるように持ち上げた。
「……けど、目の前にいる晴山見たら諦めらんねえなって。授業中ずっと、ピンと伸びてる背中に触ったら驚くかなとか、またこの頭撫でたいなとか、細いこの首に噛みついてみてえとか、どうしようもないくらい晴山に触りたいって思ってた」
そんな事をキスできるくらいの距離で、しかも欲望剥き出しの瞳で言われて赤面しない人はいないと思う。火が出そうなほど顔が熱くて、視線も合わせてられなくてきょろきょろうろつかせると、またクスリと笑われて小さく何か呟かれた。
「かわい……ノート借りる時とか、分かんないとこ教えてもらう時くらいしか結局話せなかったけど、徐々に晴山の俺を見る視線に熱が込められて行くの感じて、背筋がぞくぞくした。しかも今度は甘さとほの暗さもあって、ああ、愛梨沙に嫉妬してんのかなって思ったらマジで堪んなかった」
顎から手を離して、するっと僕のそばかすを撫でるように動いた指先に驚いて、ぎゅっと目を瞑る。
「それで昨日、てっきり捨てられたとばかり思ってたハンカチを晴山が持っててくれたってわかって、嬉しさと困惑と疑心暗鬼と色んな感情のせいで頭真っ白になって整理つかないまま呟いたから誤解させた。ごめんな?泣かせるつもりなんて、全然なかったんだ」
とんっ、と額に何かが当たって更にぎゅっと目を瞑った後、恐る恐る開けて見た先に直海くんのカッコイイ顔があって目が回りそうになった。
「ごめん、晴山………壱也、好きだ…、ごめんな?」
悲痛なその声に、こみ上げる感情のまま涙が溢れた。
「…っ…、謝ら、ないで…っ」
「ごめん…、また泣かせてる」
ふるふると頭を振って、ドキドキしながら直海くんの肩に頭を乗せた。
これは悲しい涙じゃなくて、嬉しい涙だよ?
好きだって言ってもらえて、今までで感じた事ないくらい幸せな気持ちになったから、溢れた涙だよ?
握った拳を胸に当てて顔を上げ、直海くんを見つめる。幸せを噛み締めながら久しぶりに心からの笑みが浮かんだ。
「直海くん……、好き、です…っ」
「……っ!…ははっ、やべえな……うん、俺も…、好きだよ」
直海くんは僕に着せたコートのポケットから何かを取り出すと、それを僕の手に握らせた。
「はい、泣き虫な壱也にはこれがないとな。これは壱也のなんだし」
え?と手の中を見ると、そこにはあのハンカチがあって。
「僕の、もの?」
「そう。あげたってのもあるけど……壱也の壱って漢数字だろ?トランプだと1って、A(エース)じゃん?だから、これは壱也のもの」
「僕の……」
ハンカチに入れられたAの刺繍を見つめながら、胸の中がほっこりと温まるのを感じて顔を上げると、目元にしわを寄せたあの笑い方をした直海くんがいて僕も口元が綻んだ。
「…ありがとう。大事にします」
「俺も壱也の事、まるごと大事にします」
段々と近付いてくる直海くんの顔に次起こる事がわかり、ゆっくりと目を瞑って、
「………い、壱也?」
直海くんの口にハンカチを押し当てた。
倒れそうになる程血の巡りが早くて、全身心臓になったみたいにバクバクうるさいし足も微かに震えている。
「…ご、ごめんなさいっ……僕の心臓、壊れちゃいそうだから……もうちょっと、待って?」
キスはまだ無理…!
情けない顔でちらりと直海くんを見れば、何かを堪えるように眉を寄せた後ふっと力を抜いて口に当てたハンカチを退かしながら優しい目で見つめられた。
「……わかった。ゆっくりな」
そう言ってまた抱きしめられたのだけど、直海くんと両思いになれた嬉しさとか、好きな人の腕の中にいるこの状況とか。
「は~…」
「うおっ!?」
いろいろ頑張ってくれたらしい心と体の糸がぷつんと切れて――腰が抜けてしまった。
そんな僕を見て心配した後に噴き出した直海くんを見て、僕もつられて笑ってしまった。
こうして笑っていられるなら、ハンカチの出番もなさそうかな?なんて思いながら――。
あの後なかなか立ち上がれなくて、結局直海くんに家までおんぶしてもらっている。家に着いたら着いたでお母さんにすごく怒られそうで怖いけど……。
「あの、直海くん……もし僕がノートに書かれたメッセージに気付かなかったら、どうしたの?」
「んー、0時まで待って一旦帰って、次の日また待って、て感じかな。とりあえず壱也が来るまで待ってたよ。待ってる間なんで連絡先交換しなかったんだってめちゃくちゃ後悔したし、先生に壱也ん家の住所聞いて押しかけてやろうとも思ったけど、迷惑がられて嫌われたくないからやめた」
「そっ、か…」
早く気付けてよかったと心底ほっとしたのと同時に、直海くんが僕の事を好きなんだってまた実感してこっそり微笑んだ。
「ちなみにメッセージ、借りたノート全部に書いたから」
「え!?」
「全然気付いてなさそうだったから、今日直接呼び出そうと思ってたんだけど壱也が休みだって言われて、ああ、なんで昨日壱也を追い掛けて告んなかったんだろって後悔した。でも自販寄ったらちょうど先生と壱也のお母さんが話してるとこに出会してさ、咄嗟にあのノートにメッセージ書いて渡したんだ。気付いてくれますようにって願い込めて」
「そう、だったんだ…」
「うん。結果、壱也が来てくれて、こうして壱也と一緒に居られる事が出来て。本当、最高の気分」
僕もという気持ちを込めて首に回している腕に力を込めたけど、ノートを壁に投げつけて気付いたって事は内緒にしようと心に決めた。
「……あ。あのノート、送ったついでに返してもらっていい?壱也がくれた大事なノートだからさ」
「えっ!?」
どっと嫌な汗が吹き出て早々にハンカチの出番が来てしまったと、持ったままだったハンカチを助けを求めるように握りしめた。
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