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第1話

ダメだ、顔がずっと熱い。 穏やかではない冷たい北風が吹き荒れる屋上へは出る気にもならず、扉を一枚隔てた踊り場で小学校からの付き合いである正純(ますみ)と2人で昼飯を食べていた。 「ずーっとコウの顔真っ赤だな。まさか熱でも出た?」 「出てねえわ。つか、平然としてるお前の方がおかしいんだよっ」 「だってそこまででもなくねー?あー、クソさっみぃ。なんで俺までこんなさみぃとこで飯食わんといけんの」 「お前バカか!?あんなこっ恥ずかしい事した後なのに普通に教室で食えるか!」 「別に堂々と開き直っときゃいいじゃんよ。みんな知ってる事なんだしさ。もー、寒すぎて焼きそばの味わからん」 ぶつくさ言いながらいつもの大口で焼きそばを平らげた正純は、温かいお茶のペットボトルを握りしめながらこっちに近づいてきたかと思うと俺の後ろに回って背中にピッタリくっついてきた。 「あー、やっぱコウは人間湯たんぽだー」 「いやいや、そこまでじゃねえだろ」 「平熱35℃台の俺にとっては湯たんぽ並み。生き返るわー」 ああそうかい、と寒がりな正純を無理やり引っ張ってきた罪悪感は多少なりともあるので好きにさせておくことにした。熱の引かない頬に手を当てて冷まそうとするが、俺の手も基本あったかいから全くもって意味がなかった。 そういえば、とさっきの事を思い出す。 ……正純の手、冷たかったな。 ふと左手に視線が落ちて、ハッとする。正純の手が冷たかったからって別に思い出さなくてもいい事だ。我ながら気持ち悪いと頭を振って昼飯の揚げパンに食らいついた。 ―――――――――― なんで俺がこんなに羞恥心に駆られているのかと言うと、休み時間にいつものメンバー6人で昔懐かしの王様ゲームを始めたのが発端だ。発案者はお調子者の(かじ)。王様の命令はモノマネしろだのコーラ一気飲みしろだのまあかわいいもので、見ていたクラスメイト達もやりたいと参加してきて結局20人くらいで王様ゲームをやり始めた。授業が終われば王様ゲームを始めてバカ騒ぎをし、それはそれは楽しかった。 ―――自分の番号が当てられるまでは。 3時間目が終わった休み時間。またわらわらと集まって王様ゲームを始めた。俺は王様になることもなく、命令されることもなく、ただただ王様の命令をこなす友人たちを笑って見ていた。隣の正純も笑っては囃し立てたりして顔をくしゃくしゃにして笑ってた。時間的に最後だなと引いた番号は5番。 「王様だーれだ!?」 「……はい」 明るい掛け声の後に手を挙げたのは、大人しいけれど綺麗なストレートの黒髪が印象的な和風美人の櫻井(さくらい)さんだった。ひっそりと男子人気の高い櫻井さんからどんな命令が出るのか少し楽しみで、みんなと同じように櫻井さんを見つめる。注目されて恥ずかしいのか少し頬を赤らめてどうしよっかなと伏し目がちに呟いた櫻井さんに、誰かの唾を飲む音が聞こえた。 「……じゃあ、4番と5番の人に命令します」 「!?」 ええ、ちょっと、5番俺じゃん!! 「マジかあ……」 とうとうこの時が来やがったと、がっくし項垂れた俺に気付いた周りがどっと笑って立つように促す。隣に座ってた梶にやっとかよと小突かれて、思わず頭を引っ叩いてから重~い腰を上げた。 「―――あ、4番俺だ」 そんな声がすぐ隣から聞こえた。驚いて隣を見れば、正純が立ち上がってほらほらと笑顔で俺に番号を見せてきた。確かに紙に書かれている文字は4番。 「さっすが腐れ縁コンビ!ここまで仲良しとか、梶子妬けちゃう~っ」 「うふふ、私たち赤い糸で結ばれてるの。らぶらぶでごめんなさいね~?」 とか梶に合わせてオネエ口調で言った正純に横からむぎゅっと抱きしめられる。周りはそんな2人のやりとりを笑っていたが、俺は一人びっくりしていた。 あ、れ…?正純って、こんな筋肉ついてたっけ? 背なんて俺とそんなに変わらないのに、悔しいことに手足が長くてモデル体型な正純。長い付き合いだからってお互いの裸をまじまじとなんて見ないし、着痩せするタイプなのか全然わからなかった。制服越しなのに密着している所から伝わってくる、固いけど弾力のある胸筋と抱きしめる腕の強さと逞しさ。そんな腕の中にすっぽり収まってる感のある俺。安心感ありまくりでずっとこのままでいたい気分に、な、る………。 ………はっ!? 俺今何考えた何考えた何考えた!?正純の腕の中にいたいとかっ、はああ!? 「コウのことはいくら梶子でも渡さないわよ!?」 「ケチー!味見くらいイイじゃないのよお!」 「お黙り!コウのかわいい所はアタシだけが知ってればイイのよ!」 ……コ、レ、だ。さっきからコイツらがオネエ口調で話してるから俺の頭もやられたに違いないっ! そう結論が出れば怒りが湧いてくるのもあっという間で、プルプル拳を震わせて大噴火した。 「だああああっ!!お前らオネエごっこは駅前にでも行ってやれや!んで駅員さんにでも注意されて半べそでもかきやがれっての!それを動画撮ってネットに流してやるから楽しみにしてな!はい、お待たせしました櫻井さん!ご命令をどうぞ!!」 正純の腕を乱暴に振りほどいて抜け出し、自分でもよくわからない事を一息に言ったせいで息が乱れて苦しい。しかも怒りの治まらない眼光で櫻井さんを見たせいか、怖がらせてしまったようで隣に座る女子の腕を掴んでいた。その女子からの非難の目が痛い。 「えっと、じゃあ命令は―――お昼休みに仲良く手を繋いで1年生から3年生のクラスの前を歩いてくること。ちゃんと仲直りしないとダメだよ?」 そう言ってにっこりと微笑んだ櫻井さん。綺麗な笑顔に初めて恐怖を覚えた瞬間だった。

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