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第2話

これほど来てほしくないお昼休みは初めてだった。 正純と一緒に昼飯を調達した後、1年生の廊下から歩き始めることにした。 正純と手を繋ぐまでは案外すんなりいけた。というか正純がさっさと俺の手を握って来たから心の準備も何もなかったというのが正しい。命令遂行の見届け人に王様の櫻井さんとその隣で非難の目を向けてきた姉御肌の金森(かねもり)。それからただ単にからかいに来たいつメンの梶と吉野(よしの)と梅ちゃんとカン太という総勢8人の上級生が居れば1年生の視線が集まるのも必然だ。その中心で男2人が手を繋いでいるという状況が恥ずかしすぎて顔が熱くなる。この様を、証拠として後でクラスメイトに見せるのだと動画を撮っているいつメン4人の顔がニヤけすぎてて殴りたい。4人に睨みをきかせていれば何の前触れもなく繋いだ手を引っ張られた。 「ちょっ、」 「さっみぃから早く終わらそー」 そう言って大股で歩き始めた正純を見れば、首をすぼめて肩を縮こまらせ、俺と繋いでいない方の手はポケットに突っ込んでいた。恐らくその手はポケットの中にあるホッカイロを握りしめているんだろう。 「ちょっとちょっと正純歩くの早いって!櫻井たち小走りなってるからスローダウンプリーズ!」 「画面もブレまくりだからスローでおなしゃす!」 「俺、前から撮りたいからゆっくりプリーズ!」 「楽しい時間を長く堪能したいからゆっくりでおなしゃす!!」 最後に力強く言った梶の頭をついつい持っていた昼飯で殴ってしまった。パンとパック飲料しか入ってないから大したダメージにはなっていないのが残念。後ろを見れば確かに櫻井さんと金森が小走りになってついて来ていたが、2人もこの状況を楽しんでいるのかその顔はご満悦そうだ。 だがそれについて考えるよりも、さっきよりも集まっている視線の多さに気付いて変な汗が噴き出した。たまたま廊下にいた1年生だけならまだしも、騒ぎが気になったのかわざわざ教室から顔を出して見ている輩もいる。その中にはこちらにスマホを向けている人もいて、写真だか動画だかを撮られているのかと思うと恥ずかしさを通り越して泣きたい気分になった。黄色い声も結構聞こえてくるが、ほとんど前を歩く正純を見てのものだろう。 正純は甘い系の整った顔立ちに180cmを超える身長とそれを活かしたバスケ部では部長をしていたし、もうそれはそれはモテる。それに誰とでも当り障りなく付き合えるオープンな性格で近寄りがたい印象は全くない。だからか先輩後輩関係なくモテまくりで告白されるのなんか日常茶飯事だ。しかも小学生の頃から。 そんなモテ男の正純は立ち止まって櫻井さん達の方を見てから恨みがましく4人を見やると、あとであったかいのなんか寄越せよと言って歩くスピードを落とすという優しさを見せたのだった。 それからはもう俺にとって地獄だった。 あっという間に話を聞きつけたらしい生徒達に囲まれた俺たち。正純は部活仲間や友達らしき人に声を掛けられる度に平然と軽いノリで応えていて、反対に俺は火が出そうなほど熱い顔を俯けて手を引かれるがままに歩いた。全校生徒いるんじゃないかというくらいの人集りの中心で、正純と手を繋いで歩いているこの状況から何度逃げ出そうと考えたか知れない。逃げ出したい気持ちがピークになる度に正純のなかなか温かくならない手をグッと握り、ずっと笑っている4人を順番に殴ることでどうにか堪えた。 何とか自分たちの教室に辿り着いて櫻井さんのオッケーも貰って命令は無事に終えたが、羞恥がすごくてどうしても教室で食べる気にならなかった俺は、暖かい教室へとほっとした表情で入ろうとしている正純の腕を掴んでまだまだ引かないギャラリーの合間を強引に抜けて屋上の踊り場へと向かったのだった。 それから正純に湯たんぽ代わりにされながらどうにかこうにか顔の熱を冷まして教室へと戻ったが、先程の醜態動画をみんなで見ていて結局また顔が羞恥と怒りとで熱くなって冷ました意味がなくなった。そんな一気にすり減った精神状態で午後の授業なんていつも以上に身が入らず、ノートのあちこちに黒い円をぐりぐり描きまくってどうにか気を散らそうと必死になった。ちらりと見た先では正純がぐーすか寝ていて、なんで俺だけこんなにダメージを受けてるんだ!と恨みを込めてぐりんぐりん円を描きまくった。部活に入っていない俺は帰りの挨拶が終わったと同時に教室を飛び出して家へと帰ったのだが、羞恥が尾を引きすぎて食欲が湧かず、ベッドに入っても何度も手を繋いで歩いた場面を思い出してしまって全く眠れなかった。 結果、マジで熱が出た。 その事をいつメングループに伝えれば、笑い転げてるスタンプのオンパレードでムカついたので、スマホの電源を落としてふて寝することにした。 ―――――――――― 母さんが誰かと話している声が覚醒しかけの耳に届いて、次いで自分の部屋の扉が開いた音にうっすらと目を開ける。 「ほんと、飲み物とか大丈夫だよ。まだ自分の残ってるし。いつもありがとね、おばさん」 その声が正純だとわかって緩慢に瞬きし、ごそりと掛布団をずらして扉の方を見れば大きな体がこっちに近づいてきた。しゃがみ込んだ正純と視線が合って緩く微笑まれ、じわりと胸の奥が温かくなったような気がした。 「ごめん、起こしたな。大丈夫か?生きてるー?」 そう言って赤いのだろう頬を冷たい手で触られて、その気持ちよさについ目を瞑る。 「はぁ…、きもちぃ」 ぽろりと呟くと触れていた手が一瞬止まり、そろりと首筋へと移動して押し当てられる。それもすごく気持ちが良くて、意図せず艶っぽい息が漏れた。 「……うん、結構熱出てんね。おばさんから新しい冷えピタもらってくるから待ってて」 そう言って離れようとするのがなんだか気に食わなくて、咄嗟に目を開けて目の前にあった正純の制服を掴んで引き留める。普段だったら絶対しないような行動をしている気はするけれど、今は正純のその手に無性に触れてほしくて堪らない。掴んだ制服を力なく引っ張る。 「まー…もうちょい、触って…?」 気付けば小学生の時に呼んでいたあだ名で正純の事を呼んでいた。そんな事にも熱にやられてる頭では気付かず、もう一度まーと呼びかける。すると息を詰めたような気配がした後になぜかため息が上から降りかかってきた。微妙に腰を上げた体勢から再び腰を下ろした正純の眉間には、不機嫌そうにしわが寄せられていてどうしたのかと不思議そうに見つめ返す。 「ハイハイ、冷えピタ役しますよー。コウはとにかく寝なさい」 不機嫌な顔と言葉の割に優しい声音で言った正純は、再び俺の頬に触れて今度はあやすように撫でられる。それがすごく気持ちいい。信じられないくらいの安心感に包まれて、ふわりとした気持ちのまま意識は眠りへと落ちていった。

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