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第25話

話さなきゃいけない事、って…。 俺には何も思いつかなくて、正純の真剣な顔を見つめる。 小学生の頃から一緒だったけど、こんな顔をした正純を見るのは初めてだ。話さなきゃいけないとは言ったけど、言うのを躊躇ってるみたいに口は引き結ばれて、まるで俺の姿を目に焼き付けるかのように見てくる。 ――怖い。 言い知れない恐怖に、嫌な予感が膨らんで眉間がグッと寄る。 正純は一度目を伏せて息を吐くと、また俺を見つめて繋いでいる手を強く握りしめてきた。 「俺は…」 ゆっくりとその厚い唇を開いて発した正純の声は、少し掠れて、泣いているみたいだった。 ああ、いやだ。 聞きたくない。 耳を塞ぎたい。 目を逸らしたい。 怖い。怖い。 心臓も破裂しそうなくらいバクバクしてる。 正純もそんな辛そうな顔して、無理してんだろ? だから、もういいよ。なんも言わなくていいから。 もう、帰ろう? そんな俺の思いとは裏腹に、正純は苦しそうに微笑むと言葉を続けた。 「俺は―――梶と付き合ってほしいって思ってる」 頭が、真っ白になった。 周りの音も、何も聞こえない。 風の冷たささえ感じない。 正純は、何を言った……? 「コウは、梶と付き合った方が幸せになれるよ……絶対」 そんな事を苦しい顔のまま言ってくる正純に目を瞠る。 は…?なんだそれ…? そんな顔して言ってくる事か? 男同士で付き合うとか嫌いなんじゃねえの? あー、もう、意味わかんねえ…。 ……俺の気持ちなんか、知らねえくせに絶対とか…っ。 カッと一気に頭に血が上って正純を睨みつける。 「梶と付き合った方が幸せだ…?絶対…?…っ、ふざけんな!俺の幸せを、勝手に決めつけんじゃねえよ!」 繋いでいた手を思い切り振り払って、前屈みに頭を抱える。さっきからグラグラ船に乗ってるみたいで気持ち悪い。 「コウ…?大丈夫?」 「うるせえ。話ってそれだけか?なら帰る」 紙袋を持って帰ろうとすれば、強い力で腕を掴まれて引き留められた。 「待って。まだ終わってない」 より腕を引っ張られ、切羽詰まったような目を向けられてしまってはベンチに座り直すしかない。 「あとなんだよ?くだらない話ならマジ帰る」 「……くだらないかもしれないけど、お願いだから帰らないで聞いて」 真剣な顔の正純に息が詰まる。鼻の奥がツンとなって目頭が熱くなってくる。これ以上正純の顔は見ていられなくて視線を外すと、また冷たい手が俺の手を握った。 「俺とコウ、小学校の入学式に向かう時に初めて会ったじゃん?玄関先で行きたくないってめっちゃコウ泣いてお母さん困らせててさ。そしたら、自分でもわかんないうちにコウの手握ってて。でも、ピタッと泣き止んだコウのこと見たらなんか、俺が一緒にいなきゃって思ったんだ」 その事は幼いながらにすげえびっくりしたから覚えてる。 小さい頃の俺は極度の人見知りで、知らない人ばっかいる小学校になんか行きたくなくて母親にごねてたら、急に知らない男の子に手を握られて涙が引っ込むほどに驚いた。それが正純だったんだけど、一緒に行こうって呆けてる俺を引っ張ってレンジャーものだったりアニメだったりの話をいろいろしてくれて、人見知りがなければしゃべるのが好きな俺は正純と話すのに夢中になってて気付いたら学校に着いてた。 「それからもう10年以上だよ?10年以上コウの隣にいた俺が、一番近くにいてずっと見て来た俺がっ、ふざけて梶と付き合えなんて言うと思うか…?」 苦しみを吐き出すように言った正純に心臓が抉られそうになった。視線を落として、グッと握られた自分の拳を見る。 「じゃ、なんで…?別に梶じゃなくて、女子と付き合った方がいいじゃねえか…」 普通ならそう考えるはずだ。女子と付き合って、ゆくゆくは結婚して、子供が生まれて。普通の幸せって、そういうもんだろ…? そうだね、と正純がぽつりと呟いた。 「だけどコウは、愛された方がいい。女の子はみんな愛を欲しがるからコウは疲れちゃうよ。でも梶だったら、全力でコウのこと愛してくれるし、欲しがればいっぱい愛をくれる。いつだって助けを求めれば守ってくれるし、そばに駆けつけてくれる。――絶対にね」 もう、限界だった。 「だっ、たら…」 つうっと温かいものが頬を伝い、風によって一瞬で冷やされる。ぽたぽたとジーパンにいくつも染みを作っていくそれを止められず、喉がひくりと痙攣を始めた。 言わない方がいいって頭の片隅で思ってても、口はもう止まらなかった。 「だったら…!正純が、俺の、ことっ……愛してくれれば、いいんじゃねえの…っ?」 ぼやけた視界で正純を見る。顔がよく見えなくて、嗚咽が苦しくて、握られた手を今度はギュッと握る。 「正純がっ、愛してくれれば、っ、俺…っ、幸せ、だよ…?」 ――ふわり。 「愛してるよ、コウ」 耳元で囁かれた言葉に、目が限界まで広がる。 手は繋いだまま片腕だけで抱き締められ、欲しかったぬくもりに胸が痛くなってさらに涙が溢れた。 あ、愛してるって、言ったよな…?俺のこと、愛してるって…っ! まさか、って思った。夢なんじゃないかって、信じられなかった。 こんな奇跡、起きるはずない。ありえない。 でもちゃんと手を握ってる感触と、抱きしめられてる温もり、正純の息遣いをそばで感じて現実なんだって思えた。恐る恐る手を伸ばして、正純の背中のコートを掴む。 ああ、夢じゃない――。 「――でもね、俺の愛し方じゃ……コウは幸せになれない」 「………え?」 また、頭の中が真っ白になった。 俺の愛し方じゃ、コウは幸せになれない…? 言ってる意味がわからなすぎて混乱する。 正純は俺のことが好きで、俺も正純のことが好きで…。両想いなのに、なんで幸せになれねえの…? 「……もう、さっきっから正純の言ってること俺にはわかんねえよ…!正純、俺のこと好きなんだろっ?俺も、正純のことが好きだ。それって、両想いってことだよな?それは幸せなことなんじゃねえの…っ?」 縋るようにコートを掴む手に力が入る。 どうか、どうか。 もう否定の言葉は言わないで、俺を受け止めて。 やっぱり俺が幸せにするって言って。 どうか、どうか。 「コウの好きは、俺の好きとは違うよ」 視界が、グルグル回る。 頭が、グラグラ揺れる。 「それは、執着心からくるまがい物の感情だから。本物じゃない」 ――パキリ。 何かにヒビが入った音がした。 「……わかった、もういい。もうなんも言うな。正純は、俺に好きなってもらっても困るってことだろ?」 握っていた手を離して、正純の胸を押しやる。グルグルグラグラしすぎてまた吐きそうだ。 「そうじゃなくて、コウの好きは、」 「っ、だから!もういいって言ってんだろ!?よく俺の好きって気持ちがまがい物だなんて言えるよな!?マジで信じらんねえ!なんでそんなに否定ばっかで受け止めようとしねえんだよ!?少しは信じろよ!俺はっ、……お前の弟でも息子でもねえんだから、自分の幸せくらい自分で決める」 紙袋を持って立ち上がると、ふらりと立ちくらみがして慌てたように正純に支えられた。頭を押さえながらその手を振り払い、滲んだ世界の正純を睨み付ける。 「正純じゃなくて、梶のこと好きになればよかった」 フラフラしながら公園を後にし、止まらない涙も垂れ流しながらようやく家に辿り着いた途端、玄関でゲロってぶっ倒れた。意識がなくなる寸前、また母さんの絶叫が聞こえた気がした。

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