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第24話

「調子乗んなっ、バーカ!」 腹を抱えてうずくまってる梶を見下ろしながら自分の首元を擦る。 コイツは本当にストレート過ぎだっつの!こっちばっかテンパっててムカつくわー。 イライラしながらコートのポケットに手を突っ込むと、そこに入れっぱなしにしてたスマホが震えてる事に気付いて取り出す。 ――瞬間、固まった。 画面に表示されてる名前を見て、体の奥から熱が噴き出してくるみたいに勝手に火照ってくる。 「えっ、うわ、正純だ!おい、梶!お前しゃべんなよ!?」 「えー!?俺の扱いひどいー」 「電話とか久しぶりだからテンパってんの!わかれ!」 「ぶー」 ドキドキうるさい心臓を落ち着かせるために深呼吸してから、よしと気合いを入れて通話ボタンをタップする。 「も、もしもし…?正純?」 『あー、よかった。やっと繋がった…』 心底安心したという正純の声にキュッと胸が締め付けられる。電話だと耳元で正純が話してるみたいで、嬉しいような恥ずかしいような気分になって落ち着かない。 「ご、ごめん!何回か電話くれてた?スマホ放置してたから全然気付かなくって…」 『ううん、大丈夫だよ。こうして話せて安心した。今どこいんの?』 「あー、っと……梶ん家。お店の手伝いしてた」 『………そう、わかった』 「え?……、切れた」 通話終了の画面を見ながら、一瞬にして熱が冷めて呆然としてしまう。 なんで切れた?俺なんかいけない事言ったか?梶ん家にいるって言う前にちょっと間が空いたけど別に関係ないよな?正純も怒って切ったわけじゃない、よな…? 「……梶、俺変な事言ったか?」 「全然?なに、すぐ切れたの?」 「うん。どこいんのか聞かれて、答えたらわかったって切られた」 「ふーん?なんだろね?とりあえず居場所がわかって安心したとか?」 「だったらいいけど…」 「まっ、そんな気にしなくていいんじゃない?暗い顔してると幸せ逃げてくぞー。23時なっちゃうし帰ろ!」 そう言って笑顔の梶に腕を引っ張られて歩く。けど、何かしたんじゃないかって不安で仕方なくて、もう何も映ってない画面にばかり視線が落ちてしまう。だから、複雑そうな顔をしてる梶には気が付かなかった。 お店に下りれば梶のお母さんにお土産だと紙袋を渡され、中身を見ればさっき食べきれなかった夕飯の残りが入ったタッパーと、燈さんお手製のブッシュドノエルが一切れ入ってた。しかもサンタのマジパンも乗ってて少しテンションが上がる。お母さんとお父さんにお礼を言って、お客さんからも労いの言葉をもらいながらお店を出た。 「さーむ!」 冷たい風が容赦なく吹き付け、思わず亀のように鼻までマフラーに引っ込める。 「じゃ、今日はありがとなー。お疲れさん」 「えー、待って待って!これでコウになんかあったら俺死にきれないから、せめてはなまる公園まで送らせてー!」 紙袋を持ってる方の手を掴んでごねる梶。歩いて10分くらいの道のりだからこっちが折れればいいのかもしれないが、なんかそういういかにもな扱いはさすがに俺のプライドが許さない。それにさっきの正純の電話について、帰りながら独りでゆっくり考えたい気分ってのもある。 「いいって!しつこいっ」 「えー」 「――コウっ!」 空耳、かと思った。 正純に似た声が俺のことを呼んだんじゃないかって。 「コウ…っ」 より声が近くなって、腕を掴まれて。 振り返って肩で息してる正純を見ても、幻を見てる気分にしかならない。 「ま、すみ……?」 夢見心地な気分で呟けば、気の抜けたように笑った正純に自然と速くなる鼓動。 まじまじと顔を見つめて、掴まれた腕を見て、また顔を見ると優しい瞳とかち合った。 うわ。え、本物の正純だ…! 「正純、メリクリ―。そんな息切らしてどうしたの?コウなら俺が送ってくからご心配なさらずー」 「…メリクリ。いいよ、梶断られてたじゃん。コウのこと迎えに来ただけだからお気になさらずー」 行こう、と正純に腕を引っ張られる。状況が呑み込めず、狼狽えながらただ足を動かす。 「コウ、また補習の日にね!大好きだよー!おやすみっ」 「ちょっ!」 あっさりと手を離した梶は、またそういう事をサラリと言って手を振ってくる。正純もいるんだから自重しろよ!という思いを込めて睨んでから、おやすみとおざなりに返して前を行く正純に視線を移した。さっきよりも腕を掴む強さと歩く速度が上がって少し小走りになる。でも話し掛け難いオーラが出てて、スピードを落として欲しいなんて言えなかった。段々と息が上がって、吐き出された白い息が冷たい風に掻き消される。 はなまる公園まで来ると、正純はやっとスピードを落としてそのまま公園の中へと入って行く。どこに向かっているんだろうと引かれるがまま着いて行けば、ブランコの近くのベンチに正純は座った。 「どしたの?コウも座りなよ」 「う、うん」 なんだか正純の雰囲気が刺々しい気がして恐る恐る隣に座る。ベンチのヒヤリとした温度がジーパン越しに伝わってきて思わず身震いした。チラリと見た正純は遠くを見つめて、口元はグレーのマフラーで隠されて何を考えているのか全くわからない。 腕を掴まれたまま、無言の時間が過ぎていく。 時折吹く冷たい風から身を守るようにマフラーに顔を埋めて息を吐き出す。 「……クソさっみぃ」 やっとしゃべったかと思ったら当たり前の事を言う正純に呆れる。 「正純が連れてきたんだろーが……さみぃなら帰ろうぜ」 本音は――まだ帰りたくない。 寒いし正純の雰囲気もいつもと違うけど、それでも正純と2人きりのこの時間がもっと長く続けばいいと心底思ってる。 「んー……少し、お話ししませんか」 改まって言われてぱちくりと目を瞬かせる。ゆっくりと正純を見てみたけど、遠くを見つめたままで感情が読み取れない。なんかそんな風に言われると、変に緊張してしまう。 「え、と……はい、どうぞ」 一体なんの話をされるのか、不安と恐怖で心臓が押しつぶされそうになりながら声を出す。 やっぱカナちゃんとの事だよな……いやいや、付き合うってなったんだったらちゃんと祝福しないと!正純が笑ってるんだったら俺は幸せだし!それとも、全く別の事か?最近の俺が変な事だったりとか?あーもう、考えてたら吐きそうになってきた…。 突然、キュッと手を握られた。すごく冷たくてびっくりしたのもあるけど、握り方が指を絡めて握る、所謂恋人つなぎというやつで心拍数が一気に跳ね上がる。顔と耳がカッと熱くなった。 「な…っ」 「あー、やっぱあったけー。俺のホッカイロ最高ー」 ああ、そういう事ね……心臓に悪い。 「正純が冷たすぎるだけだっつの…」 そう言いながら弱く手を握り返してみる。正純はただ暖をとりたくてしてる事なのはわかってるけど、手を繋げたのが嬉しくてマフラーで隠れてるのをいい事にひそかに笑う。 「コウさ……梶に告白されたでしょ」 「――っ!?」 びくうっと思いっきり肩が震えた。 なんでわかったのかという疑問と、話ってそれ!?という驚きが頭の中を飛び交っててなかなか言葉が出てこない。 「……やっぱ、そうなんだ。梶と付き合うの?」 「えっ!?いや、ないないない!梶の事は好きだけど、そういう好きじゃねえし」 「ふーん。でも、コウ押しに弱いからなー。見るからに梶って押せ押せじゃん?すぐ絆されそう」 「いやいや、そんな事ねえだろ」 押されてる感はすっげえあるけど、俺が正純を好きな気持ちは変わんねえし絆されることはまずない。……でも、俺も受け入れすぎか?触ってくるのもっと拒否った方が梶の為になんのか…? 「コウはさ、告白されて気持ち悪いとか嫌な気持ちになんなかったの?」 その質問に、重要な事を思い出してひゅっと息を呑む。 そうだよ、正純はこの手の話題ダメなんだって…っ! 「そ、そりゃびっくりはしたけど、別に気持ち悪いとかは感じなかったかな、俺は。とっ、とにかく!この話はもう終わり!男同士のそんな話したって楽しくねーだろ」 早口で捲し立てて一方的に話を終わらそうとすると、正純は口元のマフラーをずらしてやっとこっちを向いた。でも、その表情はドキッとするくらい真剣そのもので、ついその顔に見惚れてしまう。 「楽しくはねえよ?でも、話さなきゃいけない事があるから、まだ終われない」

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