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第1話

朝晩が随分と冷え込むようになった。 昼間の温度もさほど上がらず、スーツで外を歩いていても汗一つかかないようになった。 牧原秀介(まきはらしゅうすけ)は、居酒屋から夜の都心の繁華街に出ると、大きく伸びをしながら、「はぁ」と息を吐いてみる。 「さすがに、まだ息が曇るほど寒くはないか……」 でも──、と思ってスマホを手にし、今日が何月何日なのかを見てみた。 日付は10月中旬、道理で冷え込むはずだなと、明るい夜空を仰ぎ見た。 「牧原ぁ、会計済んだぞ!」 秀介よりも遅く居酒屋から出てきたのは、会社の先輩である杉沢という男だ。 新卒の秀介の世話係で、今日は憂さ晴らしがてら、この店でご馳走になったばかりだった。 「マジで奢ってくれるんですか?」 「おう、いいってことよ。俺の愚痴、さんざん聞かせちまったもんなぁ」 バン──、と杉沢が秀介の背中を叩いた。 社会人になって約7ヶ月、秀介が杉沢の世話にならなかった日はない。 しかも、こうして飲みにまで連れ出してくれるのだから、ありがたい。 「ところで、お前の愚痴は聞かなくていいのか?」 杉沢が駅へ向かう道すがら、秀介の端整な顔を覗き込みながら問うてきた。 「愚痴なんてありませんて」 「嘘つけ……あ、分かった!俺の愚痴があるんだろ?それじゃ、俺相手に愚痴れないわな!」 ワハハ──、と笑う杉沢に対し、秀介はきっぱりと断言する。 「俺、杉沢さんへの愚痴なんて、ありませんから」 「あれ、そうなんだ?じゃあ……」  杉沢がペロリと下唇を舐める。 「な、何ですか……?」 「牧原はさぁ、俺が『ゲイですぅ!』って言ったら、どうする?」 「は……?」 素っ頓狂な声で応じれば、杉沢はクスクス笑っている。 もしかして、この先輩は酔ってハイになっているのではと、秀介は察した。 いつもはこんな風に酔ったりしないのだが、酔い方なんて人それぞれだ、「こういう酔い方だ」なんてマニュアル通りにはいかないだろう。 「お前さぁ、今、俺が『酔ってるんじゃないか』って思った?」 「えっと……違うんですか?」 「まぁ、半分当たり。今日はお前に真剣な話があって、酒の力を借りている」 杉沢の口調が、段々普段通りに戻りつつある。 どうやら酒の力を借りているというのは、あながち嘘ではなさそうだ。 「俺さ……」 「はい?」 「実は……ゲイなんだ」 は──? 今、「ゲイなんだ」って言われたような気がするのだが、気のせいだろうか。 いやいや、杉沢に限ってそんなバカなという思いで、秀介は思い切り両目を見開いたまま、通りのど真ん中で硬直した。

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