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第1話
太宰は時間通りに現れた試しが無い。
二人揃って迎えと首領である森に幾ら云われた処で其れを守る事も無い。中也とは異なり森直属の部下だからという理由も其処には在った。
「……チッ、糞野郎が」
其の日も中也は任務に一人で赴いた。此の日こそは中也一人の手に余る。決して遅れるなと何度告げた処で結局現れもしないのが太宰だった。
如何せ普段の通りならば近所の河岸にでも打ち上げられて居る。此の任務を片付けた後、部下に捜索を指示する算段を付け乍ら廃屋の物陰に身を隠し息を潜める。
未だ自らの異能力を上手に遣いこなす事が難しかった中也にとって安全装置無しに異能を行使する事は自殺行為に等しかった。
「Hey, Bambino.」
「しまっ……」
声に気付き顔を上げれば其処には標的組織の構成員。忍び込んだのはたかが子鼠一匹と眉間に押し付けた拳銃の撃鉄を起こす。
一瞬の躊躇が判断を鈍らせた。零距離で発射される弾丸に中也の異能は使えない。此の瞬間手を伸ばし相手を床に叩き付けたとしても、其れより早く弾丸が中也の頭部を貫くだろう。
パンッ
中也の目前に広がったのは鮮やかな赤。其れは毒々しくも見る者を魅了する大きな花にも見えた。
生暖かい液体を顔面に浴びる中也が目にしたのは、額から血を流す男。其の両目は大きく見開かれ、口の端に一筋の血を流しつつ両膝から崩れ落ちる。男が倒れ込んだ事で解った其の向こうに立つ男。手にした拳銃の銃口からは硝煙が風に乗って流れ、其の先に中也が何よりも嫌いな澄ました顔が在る。
「がっかりさせないでよ、僕の下僕」
口に含んだ棒付き飴玉を転がし乍ら、顔面に血を受けた中也を見下ろし太宰は云う。其の顔には薄ら笑いが浮かべられ、後一息遅れれば呆気なく命を奪われて居たであろう中也の姿に愉悦を覚えて居る。
「下僕じゃねェよ!」
口に入る事も悍ましい、他人の血液を袖口で拭い一歩ずつ歩みを寄せる太宰に眼光を向ける。
ぴちゃり
酷く粘着質な水音が響いた。飴玉に刺さる棒を指先で弄び、薄く形の佳い太宰の唇から乳桃色をした丸い飴玉が覗く。咥内から放たれようとも太宰の舌先は未だ飴玉を追っており、あの毒々しい花弁にも似た深紅の舌先が球体を這う。
太宰が其の球体を中也の咥内へと押し込めば、乳臭く甘酸っぱい味が広がった。
やがて太宰の一人称は「僕」から「私」に変わり、中也が常用していた飴玉も喫煙具と変わる。
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