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第2話

 其れから七年後――  太宰は時間通りに現れた試しが無い。 其れが自分にとっての得だと解れば忘れる事も無いのだろうが、太宰にとって中也との待ち合わせは其の程度の物なのだろう。  つい先日、中也は自らが指定した太宰との約束当日に肺炎手前迄風邪を拗らせて仕舞った。勿論其の状況で連絡が出来る訳も無く、代理の者へ言伝てを頼む事も出来なかった。  元々渋る太宰を押し切り強引に空けさせた休みで有ったからこそ尚更。当日のみならず翌日に為っても一言の連絡が無かった此の事実を太宰が如何捉えるか、判らない中也では無い。  書面を認める程中也は豆な性分でも無い。もし約束を反古にした謝罪を書面に認めようものなら、其の書面で向こう数年間は揶揄いの種にされる事だろう。其れは電話であろうが同じ事だった。録音をされないという保証は何処にも無い。  唯此の状況の儘にしておくという事も中也の精神衛生上佳く無い。忠義者なのか私怨が含まれて居るのか、上司で在る筈の芥川が明日の休みを申し出たと樋口が教えに来た。  幸い高熱は下がり、意識も明瞭。喫煙が祟り掠れた声しか出なかったが、仮令声帯が焼き切れたとしても其れは行動を起こさない理由にはならない。中也は外套を羽織り外へ出た。 「待、てっ……!」  間に合ったのかと問われれば些か疑問の残る処、事前か事後かと考えれば時間の経過も加味した上で事後と捉えるのが妥当なのだろう。宿場街を付かず離れずの距離で歩く太宰と芥川の二人に中也は背後から掠れた声を搾り出すように掛ける。  芥川は振り返り、其処に在る中也の形相に眼を丸くし珍しく驚いた表情を浮かべるが、隣に立つ太宰は顔色一つ変えず咥内に含んだ飴玉の棒に片手を添えた儘、涼しげな表情の儘中也を見下ろす。 (何方だ……事前か事後か……)  高熱は下がったといえども、寒空の中未だ続く微熱と横濱の宿場街を一心不乱に捜し駆け回った中也の体調は数時間前に比べて悪化していた。  今此の契機で煙に巻かれ逃げられたならば、追う事は出来ないだろう。耐え切れない躰は地に膝を着き、背中を大きく上下させ呼吸を安定させようとする。  ――失望させないで呉れ給えよ。  太宰がそう云いたげな視線を向けて居る気がした。

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