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第4話

「……やだ、行かないで」 「此処に居るでしょ」  厭がる中也を宥め透かし近場の宿場へ連れ込むと、寝台に沈め太宰は其の縁に腰を下ろす。寒空の下走り回った所為か熱は大分上がっており、太宰の冷えた指先は中也に心地好い冷感を与えた。 「……芥川と、為た?」  決して離すまいと頬を撫でる太宰の手首を力の入らぬ手で握り、伏せ目がちの視線を向けて問い掛ける。 「為てない」  子供返りをした中也は滅多に見られない物であるからこそ貴重な此の瞬間を録画しておきたいと考える太宰だったが、毎回此の貴重な好機を逃して仕舞う。 「……此れからも……芥川に、抱かれねェ?」 「此れからも……、って私が抱かれる事を前提で云うのは辞めて呉れないかなァ」  室内で安静にし始めたからか、つい先程迄より症状が緩和して来たように見える中也の額に己の額を当てる。 「落ち着いた?」 「……少し」  両手で頬を包むと嬉しそうに表情を綻ばせるので、鼻先を軽く舐める。其れでは不服と許りに中也が唇を尖らせるので、戯れに触れる程度唇を重ねれば、待って居たと云うかの様に両腕を首の裏へと回し寝台に横たわる自らの方へと引き寄せた。 「……浮気、すんなよ」 「しないって」 「芥川と何処迄為た?」 「……だから為て無いってば」  云い乍らも中也は太宰の襟元に手を掛け其の襯衣を脱がせようと釦に指を掛ける。幾ら先程迄よりは快方に向かって居たとしても、今此処で行為に及ぶ無理は禁物。釦に掛けられた手を指で絡め取り緩く握り込むと其の感触を楽しむ様に中也が数度握り返す。 「太宰、証拠」 「なァ、証拠」  酔って居た方が数倍マシだと、太宰は表情には出さず大きな溜め息を吐いた。泥酔状態の中也ならば適当に相手をしていれば適度に寝落ちるが、熱に浮かされて居るだけで意識ははっきりとしているから質が悪い。  芥川と関係を持っていないという証拠を示して欲しいようだが、己が潔白である事は太宰自身が一番善く知って居る。其れでも目下薄笑いを浮かべる小さな元相棒は困らせたくて仕方が無いのだろう。いつも太宰に振り回されて居る事も根幹には在る。  振り回して居る心算でも気付けば振り回されて居る。其れでも善いかと思ってしまえるのは他の誰でも無く相手が中也であるからだ。  靴を乱雑に脱ぎ捨て、中也を寝かせた寝台に膝から上がる。布団越しの胴を跨いで膝を着けば、無垢な子供の様ににこにこと満面の笑顔を浮かべる中也の顔が在った。  指先で細かな動作すら出来ない中也より滑らかな所作で太宰は自らの釦を外し襯衣を背後に脱ぎ落とす。包帯に包まれた肢体は白く、其の何処にも情事の痕跡は存在していなかった。  曲りなりにも男としての性を持つ太宰は上半身の半裸を晒す事に抵抗は無いが、薄暗い室内の中愉しそうに笑みを浮かべる中也は、大凡平時よりも高い熱を帯びた手で腹の上に跨がる太宰の腕に触れて強請る。 「んー……善く見えねェ」 「全くもう……」  太宰も薄々気付き始めていた。中也は此の状況を楽しんでいると。着いた両膝は其の儘に上半身を前方へと傾け中也の顔横に手を着く。  其れを待っていたかの様に中也は再び両腕を伸ばし太宰の首に巻き付ける。自分の側へと僅かな隙間すらも赦さぬ迄に引き寄せ、必然と近付く耳許へと唇を寄せる。 「奇麗だ……Angelo」  温かい吐息と共に伝えられた言葉に耳から其の熱が伝わって来る気がした。じわりじわりと熱が耳から躰を侵食していき、此の時許りは薄暗い室内で善かったと太宰は思う。  首筋をなぞる様に口吻けを落として行くと、中也の片手が太宰の側頭部を撫でる。其の手は迚も優しく、唯其れだけの動作であっても慈しまれている事が伝わるからだ。中也が病み上がりでさえ無ければ、今此の場で事に及ぶ事すら厭わなかった。  側頭部の髪を耳に掛ける様に中也の指が動いたので、太宰は顎を舐めて顔を少し離す。片手同士は緩くも確りと結ばれ、吐息が触れ合う距離迄顔を近付けると太宰は悪戯に音を響かせて唇を重ねる。 「退屈させたら、浮気してやる」 「ハッ、とんだ小悪魔だな」  ――先ずは連絡無しに約束を反古にした謝罪をし給えよ。  ――…………済みませんでした。

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