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第6話 深淵の声は空から
挨拶代わりに放った矢は命中したようだ。ぐおお、という呻き声と共によろめく敵。セルギウスはその隙を見逃さずに駆け寄った。
「お前がここの頭 か」
不格好な怪物は回答することもなく棍棒を振り回した。彼は飛び上がると、攻撃をかわすと共に剣を大きく振りかぶり、そのまま叩き斬った。倒れる醜い巨体。
「それは俺様じゃないぞ~」
しかし、手応えのなかった敵と声の主は一致していなかったようだ。ドラゴミールが振り向くと、茶色いローブを頭から被った男が彼らを嘲笑って立っていた。
「……何者だ」
剣を顔の横に構えるセルギウス。
「名乗るほどの身分じゃあありません。……お前らが低すぎて!」
「んだと、どの口がそんなこと言ってんだコラァ!」
「お前と違って上の口だよ~ん、ギャハハハ」
ドラゴミールの脅しも気にせず不快な笑い声を上げる男。その顔は暗くてよく見えないが、蛍光色の黄色や緑、ピンクのピアスや指輪をしていたことは遠目でも分かる。
「ぶっちゃけココ一帯を占領しようとしたんだけどさ~、まさかこんなに強いおっさん達がいるとは思わなくて~まぢだるいよう」
ローブの男は怠いと言いながらも、子供のように喜んで経緯を説明する。
「占領?なんの真似だ?」
怪訝な顔で問うセルギウス。
「俺様の上司が『先代』のマネしてんの!」
ぴょんぴょんと跳ねる男。高いヒールの靴を履いていたが、ドラゴミールよりも背は低そうだ。
「今の上司の方がイケてるけど」
先代の真似という言葉に、眉を顰めるセルギウス。
「まさか、貴様は魔王の一味……!」
「いやいや魔王とかはないだろ、やべぇ薬草にでも当たってるんじゃないか」
ドラゴミールが横槍を入れるが、冗談ではなさそうだ。そのやりとりに男の目が紅く光る。
「あのさぁ、お前ら……『魔王様』って呼んどけよ、今後のために。」
わざとらしく低い声で脅す男。即座に敵と判断したドラゴミールが、戦闘態勢に移る。
「おおっと!」
その気配を察したのか、すぐさま姿を消す男。声だけが、不気味に大空に響く。
「お前らを倒せば魔王様が臨時ボーナスくれるだろうけど、まだここでは死ねねぇわ!」
「逃げるな、チビ!」
声を荒げるドラゴミール。俺様はチビじゃないと言う声が、天から聞こえてくる。念の為空に向かって弓を張る彼に、男は笑う。
「どこを狙っている?」
挑発に応じてしまい、一本矢を射るドラゴミール。無論何にも命中せず、彼は舌打ちをした。
「流されるな、ドラミス」
セルギウスは声こそ冷静だが、その瞳は恋人を侮蔑したことに対する怒りに燃えていた。
「珍しいじゃん、お前がそんなに怒るの」
その光景があまりにも珍妙だったのか、ドラゴミールは先程の苛立ちが消えていた。
「自分の女を馬鹿にされたことの怒りを沈められるほど、私は人間が出来ていなくてね。」
剣をゆっくりと下ろし、ドラゴミールに近づくセルギウス。
「やっぱり俺を女扱いするのかよ!……でも安心したぜ、お前が薄情じゃなくて」
そして相手を抱き寄せる。彼らがイチャつき始めそうになったのに怒りを抱いたのは、最終的に挑発をしかけた声だけになった男だった。皮肉な話だ。
「……おいバカップル! この軍勢を止めたければプールベンの『大物』をぶっ倒しておくんだね! もちろん、そこでくたばってもらうのが俺様の作戦なんだけど!」
「お、ご親切に仕事の紹介どうも」
「倒すこと前提かよ!」
冷静さを取り戻したドラゴミールは、へっと笑いながら相手の『試練』に応じた。
「あ……でも……」
だが、セルギウスの表情が空の声を聞いて晴れることはなかった。――彼は察したのだ。
「ドラゴミール、君はトクベツだから、死んじゃ困るなぁ」
魔王が『それ』を狙っていたことを。
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