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宵
ヒーターを焚いた温かい部屋。
教科書、ノート、参考書、過去問集を広げて、かりかりとシャーペンを走らせる。
「ねえ、ここは?」
上目遣いに小首を傾げる宵(しょう)がペン先で指す問題に、
「これ。この式代入して、こう」
数式を書き込んで、促す。
「んー……」
「わかんない?」
「あ、わかった」
ぱっと顔を輝かせ、ありがと、と呟き、彼はまたノートに目を落とす。
友達とテスト勉強に励む、勤勉な放課後だ。得意教科が違うから教え合うことができるし、孤独に机に向かっているより飽きずに続く気がする。DVDとゲームとお菓子は用意してあるけど、それらはあくまで休憩時間のためのものだ。
これはテスト勉強。森(しん)は何度目かに、心の中で繰り返した。
宵は可愛い。
百六十センチあるかないかの身長(本人は百六十一と言い張るが、身体測定の結果を見てしまったのでそれが小さな嘘だと知っている)、細くて華奢な身体つき、色白で、髪は光に透けるとほんのり亜麻色に輝く。アーモンド形の目にドールのような長いまつ毛がびっしりと生え、少しふっくらした唇はリップを塗ったみたいに色づいている。彼の母親は彼を生んですぐに亡くなったそうだが、有名な女優だったらしい。兄は芸能人だし、宵だって下手なアイドルはだしだと思う。
「ねー、ここもわかんない」
「どれ?」
性格はほんの少し臆病で、甘えたで、一生懸命だけど計算高いところもある。でも、たとえ演技だとわかっても、彼のことを放っておけない。宵は可愛いのだ。
ただの友達のことを、こんなふうに思うだろうか。
答えはもうずいぶん前に出ている。
宵が好きだ。
ただの友達で夢精なんてしないし、ただの友達で抜いたりしない。
だけど、宵が自分のことを友達と思ってくれている間は、友達でいたい。我ながら諦めが悪いが、そう決めて、今もこうして一番近くにいる。だから自分にとって、この時間はとても大切なのだ。
「森? もう終わったの?」
「ん? あー、うん、あと一問……もう終わる」
「えー、待ってよ」
「待って、ってなんだよ」
「だって」
拗ねたように膨らんだ柔らかいラインの頬が、ほんのり火照った色をしている。
「宵も暑い?」
「え?」
「ほっぺた、暑そう」
「……うん、かも、ちょっと」
「ヒーター消すね」
「うん、ありがと」
ピ。スイッチを押すと、ファンがゆっくりと回転をやめる。手を伸ばした緑茶の一.五リットルボトルは気づけば空で、それを見たら余計に喉の渇きが気になる。
「飲み物取ってくる。またお茶でいい?」
「うん」
今日は引き留めて、夕飯も一緒に食べようと計画している。親の帰りが遅いから、ファミレスに行こう。とか。
小休止を挟んで、またテスト勉強を再開する。せっかく遊び道具を用意しているというのに、案外自分たちは真面目みたいで、そのうちにベランダの外がどっぷり暮れて暗くなっていく。
教科を宵の得意な英語に切り替えて、暗記した文法の出し合いをしていた。
いつからか宵の肩が小さく揺れて、腰を浮かしたり落としたり、しきりにもじもじとセーターの裾を引っ張るような落ち着きのない仕草をしている。
「宵? なに、足痺れた?」
「……えっとね、森」
「なに?」
「…………トイレ、行きたい」
「行けよ。あ、場所わかんない?」
「…………わかんない」
そう言えば、うちを訪ねた宵がトイレを借りたことはなかったかもしれないと思う。
「我慢してたのかよ。こっち、着いてきて」
「………………ぅん」
俯いた宵の返事は消え入るようで、いつまでも立ち上がろうとしない。
「宵?」
怪訝に思って、へたり込む彼を覗き込む。
「……ぁ」
か細い声を上げた宵のスボンに、濃い染みが浮かび上がる。
何が起きたのか悟らないわけにいかなかった。
「…………ぁ……ぁ……」
喘ぐように息をしながら、睫毛を、唇を、細かく震わせる。それはじわじわと広がり、フローリングに染み出していく。よぼど我慢を重ねていたのだろう、太腿や膝まで濡らしながら、彼はそこに大きな水たまりを作った。
耳まで真っ赤に染め上げた宵が、こちらを見上げて、うわ言のように舌足らずに呟く。
「…………おしっこ…………漏らしちゃった…………」
信じられない光景だった。
とろんと夢見るような顔で、宵は微笑んでいるのだ。
生温い水が靴下を濡らしているのに、湿った感触で気づく。足の裏を見ると、彼の尿がしっとりと染みていた。
ぷつん、と、何かが切れた音を聞いたかもしれない。
ぼうっと森を見上げたまま、宵が蕩けそうに笑う。
「森……たってる……」
「……んなこと」
「たってる」
「うるさい」
「へいき。俺も、たっちゃった」
「……ばか」
なんとかそれだけ絞りだし、森はチェストを漁って部活用のスポーツタオルを引っ張り出した。一本はフローリングを拭っただけでびっしょりになり、二本目を宵に放る。チェストの同じ段から部活用のジャージと、もう一段下から下着も放って。
「俺、出てるから。着替えたら呼んで」
踵を返そうとした森の手を、しかし、宵が絡め取るように引く。
「森」
「……なに」
「ねえ……見てて」
そう言うと彼は、制服のズボンを下ろし、ぐっしょり透けた下着を下ろした。
「宵」
と、声になったかはわからない。喉が鳴り、心臓が走る。
更衣室で盗み見したのとは訳が違う。宵が自分からさらけ出した下半身は、森の視線を釘づけにした。髪の色よりずっと濃い、しっとり濡れた陰毛。その下からむくりと頭をもたげる、あどけない色をしたもの。ぶる、宵が小さく震えると、先端から涙のように残滓がぷっくりと溢れて垂れる。
「どうしよ……すごい恥ずかしい、けど。すごい、気持ちいい……」
きっと心からそう思っているんだろう。でなければ、こんな無垢な顔で、こんなこと言えない。
「あのね、森」
「なに」
「嫌いにならないで」
「ならない」
「俺ね、今でも時々、おねしょしちゃうんだ」
「うん」
「……気持ちよくて……癖になっちゃって…………赤ちゃんみたいでしょ?」
「赤ちゃんが、こんな、たつかよ」
「……だって。家族以外に見られたの、はじめてで」
「興奮した?」
「うん」
いっそう前がきつくなる。森はズボンを下着ごと下ろし、宵の前に座り込んだ。
「……森の、おっきいね」
「お前がちっさいんだよ」
「いじわる」
「どっちが」
囁き合いながら、お互いの先端を近づける。硬く膨らんで濡れた先端を、キスするみたいに触れ合わせて、
「あ……」
ほとんど同時に漏らしたため息が重なって混じる。
それから二人は無言で、自分を扱き合った。
「あっ」
さらさらの先走りが伝い、やがてねっとりと濃いのが溢れ始める。時々擦り合わせたりつつき合ったりしながら、どんどん硬くなっていくそれを解放に向かって駆り立てる。
「しん……っ」
夢の中で頭の中で何度も見た顔より、何度も聞いた声より、現実のほうがずっとずっと鮮烈だ。ふ、ふ、鼻息が上がり、は、は、苦しく喘ぐ。燃え上がるほど熱い。
「いくっ……」
「俺もっ……」
弾けた宵を追いかけるように、森もどろりと吐き出した。
はあ、はあ、はあ、むせ込みながら空気を求める。
「……気持ち、よかった?」
「…………うん」
真っ白に汚れた手のひらを見せ合って、どちらからともなく指を絡める。
「しょう……」
「しん……」
しっとり汗ばんだ宵の額に、額をくっつける。
鼻先が交わり、唇が重なった。
ちゅう、と啄み、離れる。
「なあ、宵」
「ん?」
「好き」
ああ、言ってしまった。
目を伏せた森の額に、こつん、もう一度額をぶつけて。
「知ってるよお」
宵は鈴を転がすように笑った。
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