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第9話
* * *
食事を終えたカヒトは「さてと」と言って、リアノの作った淫具を手にした。
「そんじゃ、使い心地を試してみるとするか」
シャツを脱いだカヒトにギョッとして、リアノは飲みかけていたお茶にむせた。
「ごほっ、なにをしている」
「なにって、脱いでんだよ」
「言い直す。なにをしようとしている」
「言ったろ? 使い心地を試すって」
カヒトが軽く淫具を振れば、埋め込まれている石がランプの光を反射して、キラキラと輝いた。
「自分の部屋でしろ」
「後で具合を報告するより、見せた方が早いだろ。それに、なんかあったとき、すぐに対処してもらえるじゃねぇか」
「それはそうだが」
「んじゃ、かまわねぇな?」
脱衣を再開したカヒトに、リアノは口をへの字に曲げた。たしかにカヒトの言うとおりだが、彼の内側にたとえ自分が作ったものだとはいえ、入る姿を見たくない。
(だが、割り切らなければな)
ふうっと息を抜いて道具への嫉妬をなだめたリアノは、ベッドに上がってすぐに淫具を入れようとしているカヒトにギョッとした。
「慣らさないのか」
「ん?」
「だから、いきなり入れずに、指でほぐすなりなんなりしないのかと聞いている」
「ああ、そっか。まぁでも、大丈夫なんじゃねぇか? なんとかなるだろ」
「怪我をしたらどうする」
「入るサイズに作ったんだよな? だったら、平気だろ」
「カヒト!」
叱りつける声音で呼んだリアノに、カヒトはニッと歯を見せた。
「そんなら、手伝ってくれよ」
眉をひそめたリアノを、カヒトは手招く。
「紋の力を抑える石が、いっぱいついてんだろ? だったら、紋を発動させなきゃならねぇよな」
「そうだが」
「けどよ、ひとりでエロい妄想して、暴走しちまったら道具どころじゃなくなるかもしんねぇから、そこそこな状態でやるほうが安全だよな」
「まあ、そうだな」
「てこたぁ、そこそこな興奮状態になるために、リアノに手伝ってもらわなきゃなんねぇよな? 俺ぁエロくなんのに、リアノが必要なんだよ」
ドキリと心臓を跳ねさせたリアノは、カヒトを凝視した。
(私が思うような理由で、言ったわけではない)
紋の反応をうながす手伝いをしろというだけだ。この場所に別の誰かがいれば、カヒトは――いや、たとえそうだったとしても、彼は自分を指名する。対処できるのは、自分しかいないのだから。
グルグルと考えをめぐらせるリアノの返事を、カヒトは緊張を抱えて待った。さりげなく言えたはずだ。勘ぐられたりはしないだろう。心の底から興奮するのはリアノだけだと、本音を交えてみたけれど、合理的な考えをするリアノは気がつかない。
(否定する理由は無ぇよな)
だからリアノは誘いを受けると、確信をしながらもうっすらとした不安を抱えるカヒトは、やれやれと言いたげに近づいてこられて安堵した。
「それで、私になにをしろと?」
「脱いで、座ってくれよ。匂いで反応できるからさ」
うなずいたリアノは裸身になってベッドに上がった。きっちりと膝をそろえて座るリアノの肩に頭を乗せて、カヒトは深く息を吸い込み目を閉じた。
(リアノの、匂い)
薬草の匂いが沁み込んだ肌は、草原を思わせる。自分よりも低い体温が頬に心地よかった。
「はぁ」
息を吐きだし、舌を伸ばして鎖骨を舐める。尻の奥がムズムズとして、入り口がヒクついた。トロリと生まれた液に内壁が濡れる。舌でリアノの体をなぞり、頭を下げていく。リアノの陰茎は硬くなり頭をもたげていたが、先端はまだ乾いていた。疼く箇所に手を伸ばして、カヒトは己の指で濡れた秘孔をまさぐった。
「は、ぁ……ぅ」
ちいさくうめくカヒトを見下ろし、リアノは腰を震わせた。己の指で自分を犯すカヒトの姿に欲望が強くなる。
「あ、はぁ……んっ、ぅ……リアノ」
ズクンと心臓が飛び跳ねて、カヒトの頭に手を置いたリアノは、興奮をなだめようと深呼吸した。フワフワとしたカヒトの髪を撫でながら、甘い香りを鼻腔に含んだリアノは、まがい物だと欲を抑える。
(この香りは、紋が獲物を得るために発している。惑わされるな)
もうすでに自分の気持ちと欲望を自覚していながらも、欲情するのは紋のせいだと否定するのは、己ではない道具が彼の奥まで到達することに嫉妬をしている事実を認めたくないからだった。
「は、ぁ……ぁ、リアノ……ぅ」
目の前にあるリアノの陰茎に唇を寄せて、カヒトは秘孔から指を抜いた。鼻先にある熱杭が欲しい。けれどリアノは頑として与えてくれない。ならばこれが入っている気分になって、彼の作った道具で満足をしなくてはならない。
(俺のためにリアノが作ってくれたんだし、な)
あれこれと考えて作ってくれたのだ。リアノが自分のために試行錯誤してくれた結果だと思えば、冷たい道具も愛しく思えた。
「んっ、ぅ」
注文通りに持ち手がつけられた淫具を尻にあてがい、押し込んだカヒトは喉をそらして息を吐いた。ゆっくりと埋め込みながら、眼前の肉欲を見つめる。
(これは、リアノの代わりだ……リアノの手でこねられた、俺を犯すための、俺だけのためにリアノが作ってくれた道具だ)
わななく肉壁が淫具にすがりついて、もっと奥へと導いている。埋め込まれた石の刺激が気持ちいい。
「あっ、はぁ……んっ、ぁ、いい……届く、ぁ、あ」
色っぽい声と熱い息を感じたリアノの股間が、先走りをあふれさせる。リアノは埋まっていく己の作った道具をにらんで歯を食いしばった。あそこに入っていいのは、自分だけだ。カヒトはそこに、入れてくれと望んだ。
(私は、断った)
歯がきしむほど強く噛みしめ、下腹に力を入れて嫉妬を堪える。子どもができればどうすると、カヒトに言った。カヒトはかまわないと答えた。優秀な子どもができるのではとまで言った。
(かもしれん。だが、危険すぎる。命を落とすかもしれない)
本当に子どもが生まれるのであれば、カヒトの命の心配がないのなら、よろこんで誘いに乗った。子どもという存在を通じて、唯一無二の関係になれるのだから。
(カヒトは、なにも考えていない)
命の危険があると言っても、他人事のように聞き流された。だから気楽に子どもができてもかまわないと言えるのだ。
(私が、律しなければ)
彼を守るために、自分を――。
「うっ」
怒張した陰茎をしゃぶられて、リアノは物思いから浮上した。根元まで淫具を入れたカヒトが、腕を動かし出し入れしながらリアノの陰茎を食べている。
「んふっ、う、んぅうっ、はふっ、う……んっ、むぅ」
口の中にあるものが奥に入っているのだと、脳内で繋げたカヒトは先走りをこぼしながら快楽を追いかけた。
「ふっ、ぅん……っ、んぅっ、う、ふ……ぅうっ」
欲の虜になったカヒトの姿に、リアノは獣欲が駆け巡る足音を聞いた。彼を犯したい。グチャグチャにかき回して、思うさま啼かせたい。
「カヒト」
「んっ、うう……ふはっ、ぁ、リアノ……んぅうっ」
喉奥までリアノの欲を引き入れて、カヒトは強く吸い上げた。彼のかけらが欲しい。愛されていなくとも、欲情されているという事実だけで満足だ。与えられなくとも、気遣われている。こんなふうにリアノの作った淫具で自慰をしながら、彼の欲望をしゃぶり尽せる人間はほかにはいない。
(俺だけだ)
自分だけができる行為だと、カヒトは腰も頭も振り立てて全身で快感を表現した。
「くっ、カヒト」
うめいたリアノは、カヒトの背におおいかぶさって手を伸ばした。カヒトの手の上に手を重ね、淫具を動かす。
「んぐっ、ぅ、ううっ」
自分でするより強烈になった刺激に、カヒトは目を白黒させた。
「はぁ、カヒト……どうだ、具合は」
「んむぅうっ、んぐっ、お、ふ……ううっ、うっ、んくう」
口を陰茎でふさがれているカヒトは答えられない代わりに、両手でリアノの腰を掴んで陰茎にむしゃぶりついた。
「くっ、ぁ……もっと、してほしいのか……カヒト」
ニヤリとして、リアノは激しく淫具を動かした。先端で奥を突き、石の張り出しで媚肉をえぐり、弧を描くように刺激する。求めていた場所への激しい刺激に、カヒトは吠えた。
「おぐっ、ぅ……ふ、んぅうっ、ふ……ぁ、おぅ、ううっ」
カヒトは体をくねらせて、気持ちがいいとリアノに示した。興奮に汗ばんでいるカヒトの腰を舐めたリアノは、手首をひねって縦横無尽に内壁を犯した。
「ひぐっ、ぁ、おお……ふ、ぁううっ、んぐぅ」
しゃぶる余裕も無くしたカヒトは、目の奥に快感の火花を散らしながら体を揺らした。
(リアノに、犯されてる)
体中がリアノの愛撫に支配されている。心をよろこびでいっぱいにして、カヒトは快楽をむさぼった。
リアノは獣欲に目をギラギラさせながら、カヒトの頭を片手で押さえて腰を振り、陰茎を彼の口腔に擦りつけた。上顎を擦り、頬裏を突いて舌に打ちつける。くぐもったカヒトの嬌声に高まる欲望のままに、淫具と己の肉欲の双方でカヒトを翻弄した。
「はぐっ、う……ぉ、ふ……っう、うう……ふ、ぁおっ、ぐふっ」
奥をえぐればカヒトの体が硬直した。絶頂したのだと察したリアノもまた、彼の口内で達した。喉に吹きつけるリアノのしぶきにむせながら、カヒトは腰を痙攣させて欲を漏らし、一瞬の意識の空白を味わうと口内のものに舌を這わせた。
「んふっ、ふ……う」
頭が愉悦に痺れている。幸福と快感に魂が包まれていた。チュクチュクと柔らかくなった陰茎を吸うカヒトを感じながら、リアノは汗ばんだカヒトの肌に唇を這わせた。自分を埋めなくとも、カヒトを犯したという実感がある。手製の道具を使ったからか。疑似的な感覚を本物として認識したからか。わからない。だが、心が繋がった気になっていた。
(まやかしだ)
けれど、それでいいと思う。真実に繋がることなど無いのだから。
「もういい、カヒト」
体を起こしたリアノは、カヒトの顎に手を添えた。彼の口から陰茎を取り出して、後ろに下がる。
「どうだ、具合は」
「ん……すげぇ、気持ちよかった」
「違う。紋はどうだったかと聞いているんだ」
リアノは道具の出来栄えと紋の反応を気にしていただけなのだと、改めて認識させられたカヒトは腹の底を冷たくした。興奮の余韻が遠のいていく。
「熱くはなったけどよぉ、なんつうの? ヤベェって感じにはなんなかったな」
道具を抜いて、カヒトは座った。
「よくわからないな。石で威力が下がった感覚はあったか?」
「うーん……あったような、なかったような。けど、欲しかった場所に当たってよかったっつうのはあるから、成功なんじゃねぇか」
「欲しかった場所に、当たった」
「おう。長さも太さも問題ないってこったな」
リアノの腹に、嫉妬がくすぶる。彼の手の中にある道具は、自分の求める場所に到達し、たっぷりとカヒトの奥を探求して彼を満足させた。
(いつまでもウジウジとおなじことを考えずに、割り切れ)
できるだろうと、想いに理性で語りかけ、リアノはカヒトに背を向けた。
「調整の必要がないのなら、さっさと服を着て帰れ。明日も早朝から鍛錬なんだろう」
「つれねぇなぁ。もちっとこう、余韻っつうの? エロいことをしたんなら、情緒みてぇなもんをだな」
「おまえに言われたくはない」
「はは、違ぇねぇ」
投げられたタオルを受け取ったカヒトは、リアノの背中を見ながら顔をゆがめた。体は満足しているのに、泣きたい気分だ。口の中にはリアノの味が残っている。互いに興奮し、絶頂を迎えてひとつになった気分になれた。だが、リアノはそうではなかったのだ。紋をどうにかするという目的しか考えていない。肉欲の反応は、ただの本能。気持ちなどかけらも含まれていなかった。
(わかりきってんのに、なんでこう何度もおんなじ希望を持っちまうんだろうなぁ)
好きだから、という結論もわかりきっている。好きだから、想いを返してもらいたい。ほんのわずかでもいいから、気持ちを向けてもらいたい。友人という立場で満足していたはずが、肉欲を知ってしまったことでそれ以上が欲しくなった。
(紋が、このままずっと取れなけりゃ)
リアノはずっと、気にかけてくれる。手を伸ばし、たとえ道具を使っての行為でも抱いてもらえるのだ。
(いっそ、先に魔導士長に会いに行って、頼んじまうか)
紋は外せない。一生、このままだと言ってもらえるように。文献があったとしても、リアノには見せないでくれ。この関係を手放したくない。一歩進んだようで、後退しているかもしれない奇妙な関係を維持したい。失うくらいなら、紋の不便をよろこんで受け入れる。
(リアノが、好きだ)
誰にも渡したくない。自分に縛りつけておきたい。
(けど、これぁ俺のわがままだ)
リアノのためを思えば、紋を消してしまえるのなら、早々に消した方がいい。自分勝手な想いでリアノのこれからの人生を振り回してはいけない。
(わかってんだけどなぁ)
堂々巡りの思考に吐息を漏らし、着替えを終えたカヒトの背中にリアノの声がかけられた。
「明日、魔導士長の研究室へ行く。おまえも来い」
先回りをする作戦はできないなと、カヒトはクックと喉を鳴らした。
「おうよ、了解」
寒々とした風が、心に吹き込んでいた。
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