3 / 124
第3話 猪俣先生③
(葵語り)
翌日は朝から雨だった。
雨の日は何故か悲しくなるから好きじゃない。
「おはよう。昨日部活休んだろ。またズル休みか。」
朝、教室に入ったら早速ハルトに聞かれた。
昨日……は先生と会っていた。いつもだと余韻で浮足立っているのだが、帰りの出来事が心に暗く影を落としていた。秘密の時間を知らない他人に荒らされたことが不愉快だったのだ。しかも今日の放課後にそいつと会わないといけない。怒られるのか、上からものを言われるのか分んないけど、憂鬱だった。
「あぁ。家の用事。ごめん、何も言わずに帰ったよな。」
「てっきり風邪をひいたかと思ったよ。家の用事ならしょうがないな。今日は部活来るよな?こんな雨なら自主練だし、すぐ終わりそうだぞ。」
「ごめん。今日は生徒指導室に呼ばれてるから行けない。」
昨日の嫌なことを思い出し、再び苦虫を噛んだような気持ちになる。
「生徒指導室? 熊谷に呼ばれてんの?葵、何かやった?」
ハルトが口にした聞きなれない名前は、あの人のものだった。暗くてあまり表情は見えなかったけど、淡々としたしゃべり方は慣れているように思えた。
「ううん、何も。昨日、駅前にいたら捕まった。」
「巡回してるもんな。熊谷はやっかいだけど、話せば分かってくれるよ。」
「部活、行けたら行くから。みんなに言っといて。」
「わかった。怒られたかどうか明日教えろよな。」
予鈴が鳴って俺たちは席に着いた。
授業が終わり、放課後に約束通り生徒指導室へ向かう。
雨は全く止む気配がなく、暗い空を引き連れて本降りのままだった。
「失礼しまーす。」
ノックをして、扉を開けると誰もいなかった。自ら呼び出しておいて遅刻らしい。
しょうがなく中に入って席に座り、鞄を机の上に置き顎を乗せた。
湿った雨の匂いも引き連れているようで、生徒指導室全体が湿気に満ちていた。
早く終わらせて部活へ行こう。廊下には自主練の生徒たちが楽しそうに談笑する声が響いている。今から説教を貰うと思うと、気持ちが沈んでいく。
「待たせたかな?ごめん。ちょっと用事が長引いて。」
少しして、戸が開き熊谷先生が入ってきた。
「いいえ。」
余計な話はなるべくしないようにしよう。
少し前に来たばかりですから……と言葉を飲み込んで、愛想笑いをした。
熊谷先生は、見た目が生徒指導の先生らしくない。
髪の毛は長めで、襟足も長い。年配の先生より軽い感じがする。
決して威圧的ではないが、おそらく怒ると恐いと思うオーラが漂っていた。
今の今まで、熊谷先生という人を真正面から見たことがなかった。
熊谷先生が正面の席に座り、狭い部屋で対峙した。
ふんわりと煙草の匂いがする。
煙草を吸うんだ。なんか似合わないな。
そして、笑うとくしゃって音が聞こえそうな笑顔を見せた。
「あのね、今日ここに呼び出したのは、聞きたいことがあって。」
なんだろう。聞きたいことって。説教じゃないのかよ。
熊谷先生の口がゆっくりと開いた。
「昨日、駅近くで猪俣先生と何やってたの?」
予想もしていない質問に、俺の頭が真っ白になった。
ともだちにシェアしよう!