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第3話 猪俣先生③

(葵語り) 翌日は朝から雨だった。 雨の日は何故か悲しくなるから好きじゃない。 「おはよう。昨日部活休んだろ。またズル休みか。」 朝、教室に入ったら早速ハルトに聞かれた。 昨日……は先生と会っていた。いつもだと余韻で浮足立っているのだが、帰りの出来事が心に暗く影を落としていた。秘密の時間を知らない他人に荒らされたことが不愉快だったのだ。しかも今日の放課後にそいつと会わないといけない。怒られるのか、上からものを言われるのか分んないけど、憂鬱だった。 「あぁ。家の用事。ごめん、何も言わずに帰ったよな。」 「てっきり風邪をひいたかと思ったよ。家の用事ならしょうがないな。今日は部活来るよな?こんな雨なら自主練だし、すぐ終わりそうだぞ。」 「ごめん。今日は生徒指導室に呼ばれてるから行けない。」 昨日の嫌なことを思い出し、再び苦虫を噛んだような気持ちになる。 「生徒指導室? 熊谷に呼ばれてんの?葵、何かやった?」 ハルトが口にした聞きなれない名前は、あの人のものだった。暗くてあまり表情は見えなかったけど、淡々としたしゃべり方は慣れているように思えた。 「ううん、何も。昨日、駅前にいたら捕まった。」 「巡回してるもんな。熊谷はやっかいだけど、話せば分かってくれるよ。」 「部活、行けたら行くから。みんなに言っといて。」 「わかった。怒られたかどうか明日教えろよな。」 予鈴が鳴って俺たちは席に着いた。 授業が終わり、放課後に約束通り生徒指導室へ向かう。 雨は全く止む気配がなく、暗い空を引き連れて本降りのままだった。 「失礼しまーす。」 ノックをして、扉を開けると誰もいなかった。自ら呼び出しておいて遅刻らしい。 しょうがなく中に入って席に座り、鞄を机の上に置き顎を乗せた。 湿った雨の匂いも引き連れているようで、生徒指導室全体が湿気に満ちていた。 早く終わらせて部活へ行こう。廊下には自主練の生徒たちが楽しそうに談笑する声が響いている。今から説教を貰うと思うと、気持ちが沈んでいく。 「待たせたかな?ごめん。ちょっと用事が長引いて。」 少しして、戸が開き熊谷先生が入ってきた。 「いいえ。」 余計な話はなるべくしないようにしよう。 少し前に来たばかりですから……と言葉を飲み込んで、愛想笑いをした。 熊谷先生は、見た目が生徒指導の先生らしくない。 髪の毛は長めで、襟足も長い。年配の先生より軽い感じがする。 決して威圧的ではないが、おそらく怒ると恐いと思うオーラが漂っていた。 今の今まで、熊谷先生という人を真正面から見たことがなかった。 熊谷先生が正面の席に座り、狭い部屋で対峙した。 ふんわりと煙草の匂いがする。 煙草を吸うんだ。なんか似合わないな。 そして、笑うとくしゃって音が聞こえそうな笑顔を見せた。 「あのね、今日ここに呼び出したのは、聞きたいことがあって。」 なんだろう。聞きたいことって。説教じゃないのかよ。 熊谷先生の口がゆっくりと開いた。 「昨日、駅近くで猪俣先生と何やってたの?」 予想もしていない質問に、俺の頭が真っ白になった。

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