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 夢の中の千春(ちはる)は八歳で、七つ年上の誠司(せいじ)に手を引かれて大きなリンゴ飴を舐めていた。アセチレンランプが照らす天狗やうさぎや特撮ヒーローの面を見上げ、履き慣れない下駄の鼻緒を気にしながら、大人の腰の間を縫うように歩いてゆく。  山車(だし)が近付いて人の波がうねる。その波に押され、千春の手からリンゴ飴がごとりと落ちた。 『あ……っ』  太鼓と笛とたくさんの人の声。光と闇と喧騒の中、浴衣の裾と下駄の間に身をかがめて必死に細い腕を伸ばす。拾い上げた赤い飴には、濡れた土と細かい砂利がべっとりこびりついていた。  波の引いた道端にしゃがんだまま、背中の一点を振り返る。 『誠司さん……』  けれど、そこにあるはずの背の高い従兄弟の姿を見つけることはできなかった。 「誠司さん……!」  自分の声で目が覚めた。天井に伸ばした指の先にゆっくりと焦点が合ってゆく。 「あ……」  夢……。  違う。あれは、実際にあったことだ。  八歳の夏、夜祭りの人混みで誠司とはぐれた。泣きそうになるのをこらえてあたりを見回していると、怒った顔の誠司が駆けてきて、大きな声で『バカ』と怒鳴った。 『バカ……!』  怒鳴ってから、千春を強く抱きしめた。 『バカ! 勝手にどこかに行くな』 『ご、ごめんなさ……』 『絶対に、俺から離れるな』  千春は頷いて、高い位置にある誠司の首に腕を回した。

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