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【1】-2
『どこにも行かない』
約束だと言われて、もう一度頷く。
『約束……』
その約束を、千春は今も守っている。
十四年間、同じ場所で誠司を待っている。どこにも行かず、誠司だけを。
ベッドから足を下ろすと、冷たい床が氷の棘のように皮膚を刺した。踵を浮かして、洗面所に向かう。
玄関を入ってすぐの洋間を出ると、廊下を挟んだ反対側に洗面所とトイレがある。廊下の突き当りに広くも狭くもないLDKと、隣に、今は母が一人で使っている和室が一部屋。古い2LDKのマンションに、千春は母と暮らしている。
父は、いない。十四年前に交通事故で他界した。
誠司が千春たちを訪ねるようになったのは、父を亡くした頃からだ。
上田 誠司は母方の従姉妹で、千春の母である理恵 の姉、奈美恵 の一人息子だった。千春の姓は吉野 。死んだ父方のものだ。
スポーツ万能で成績優秀、何をやらせても当然のようにトップに立つ誠司は、背が高く顔立ちも整い、言動は素っ気ないのに、いざという時には頼りになった。友人たちからの人望も厚く、バカみたいに女性にモテた。
大学卒業後は外資系の証券会社に入り、七年間で二度の海外勤務を経験している。清潔な黒髪と涼しげな黒い目は異国の女性をも魅了したようだ。華やかな噂話は千春の耳にも頻繁に届いたが、誰とも長くは続かなかった。
そのことに、千春はひそかに安堵している。
同じ遺伝子を受けていながら、千春のほうは全てにおいて平凡だった。可もなく不可もなく、大きな失敗もしない代わりに、取りたてて目立った活躍をすることもない。顔立ちだけは美人と評判の母に似ていて褒められたけれど、それもどちらかと言えば女性に対する褒め言葉で、気持ちを伝えてくる相手も異性より同性のほうが多かった。
誰かと恋愛をする気はなかったので、そのあたりのことはどうでもよかった。
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