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第1話<化け物>

ズサッ ドスッ ドスッ 早くいつもの様に声を上げて泣いて見せないと。 分かっているのに鼻から溢れた血が喉に流れ込んで引っ掛かり、息をするのが精一杯で上手く声が出せない。 痛めつけた実感がないと彼らがむきになったり興奮し過ぎて、もっとこの行為は激しくなると知っている。 「化け物!」 「くたばれ!」 地べたに転がり腹を(まも)って身を丸める背中や顔を、木の枝でぶたれ、容赦なく蹴り上げられる。 左目が良く見えないのは、瞼が腫れあがっているからなのか、切れた額から流れた血が視界を覆っているからなのか、もはや判断がつかない。それ以前に意識が朦朧として痛みすらよく分からなくなってきた。 死ぬかな……。 おら、今日、死ぬのかな。 木の実や(きのこ)を採るうちに、うっかり里の近くまで下りてきてしまったのがいけなかった。 出会ってしまったのが大人ならまだよかったのだ。皆、おらのことをまるで見えとらんようにすっと避けて離れていくだけだから。 子供は、いかん。いつも、化け物退治だと言っておらをしたたかに打ちのめす。もっともそれを里の大人が見ても、誰も止めたりせんのじゃが。 確かにおらの見てくれは気味が悪いかもしれんが、べつに傍に寄ったって染うつったりせんよ。だってずっと一緒にいる婆様は大丈夫なんだから。 里の人をとって喰ったりもせんし、祟ったりもせんのに。 急に空っぽに近い腹から何かがこみ上げ、堪えようと思ったが間に合わず、こぽっと生暖かくどろりとしたものが口から溢れ出た。 取り囲んでいた少年たちがどよめく。 薄っすら目を開くと小さな赤黒い水溜まりが見え、しばらくしてやっと自分が血を吐いたのだと分かった。 その時。 ガサガサッと木々をかき分けるような音がしたと思ったら、誰かが「ひぁ、狼じゃあ!」と叫んだ。 途端に取り囲んでいた少年たちは悲鳴を上げ、木の枝を放り捨て、散り散りになって逃げだした。 ガサ……ポキッ、ポキッ 落葉や小枝を踏みながら何かがこちらへゆっくりと近づいてくる。 狼? いつも山奥で暮らしている佐助は何度だって狼を見たことがある。里の人はどうやら狼を酷く恐れているようだが、同じ山の住人と認められているのか、今まで佐助が彼らに襲われたことは無い。 おらの血の匂いに誘われたか。 だが、小枝を踏みしめる音の大きさや歩幅から、もっと大きな生き物のような気がする。それに狼は大抵群れで行動する。今、感じている気配は複数ではない。 熊? だとしたら、もう助からない。 熊は丸っこい見た目に似合わず動きは素早く、木登りも上手い。そして殆どの場合、振り下ろした掌の最初の一撃で獲物を仕留めてしまう。 一撃で殺やられるなら、生きたまんま喰われるより苦しまずに済むな。 それに熊の腹の中に納まるのなら、里の子に殴り殺されるよりはずっとましか。 もうしばらくしたら冬ごもりする熊の蓄えになって、子熊を産む糧になるだろう。おらの見た目はちいと変わってるが多分味はそう変わらんよ。痩せっぽっちであんまり腹の足しにならんのが申し訳ないけど。 ふふ、もしかしたらおらは子熊に生まれ変わるのか?それもいいかもしれない。 母熊に抱かれてぬくぬくと眠る子熊の自分を想像して、佐助は薄っすら笑った。

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